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成長して会話はなくなったものの……今でも固く繋がる兄弟の絆

【おっさんは二度死ぬ 2nd season】

弟の大冒険

 僕には1つ年下の弟がいる。さすがに、おっさんとも呼べる年齢になると僕も弟もおっさんなわけで、特段に仲良く話すことがなくなってしまっていた。おっさん兄弟の会話ってやつはなかなかに難しい。特に1歳違いと年齢が近いと、歳を経るごとに年齢差が誤差みたいになっていくので、やはり難しい。  僕ら兄弟はおっさんになって会話をしなくなってしまった。いや、そうではない。僕ら兄弟があまり話さなくなったのは、おっさんになったからではない。よくよく考えるとそのずっと以前から、僕らはそこまで話をしなくなってしまっていた。  少年時代は一緒に野を駆け山を駆け、弟にパワーボムだとかプロレス技をかけて遊んでいたというのに、高校生くらいになると滅多に会話をすることはなくなってしまった。もちろん思春期的な何かもあったかもしれない。  ただ、ここで勘違いしていけないのは、仲が悪いだとか、憎しみ合っているだとか、下手したら殴り合いのけんかになるだとか、そういった険悪なことではなく、本当にただ純粋に会話をしないだけなのだ。  それは何かのかけ違いであって、最初は些細なきっかけだったのかもしれない。そして、ひとたび会話をしなくなってしまったら今度は会話をすること自体がちょっと気恥ずかしく、気持ち悪いものに感じてしまう。そういったちょっとしたズレが蓄積していき、会話しないという状況が生まれるのだ。物事はすべてが繋がっているのだ。  そうして会話しないままの日々が続いたある日のこと、異変が起こった。僕が高校3年生で、弟が高校2年生のときだったと思う。 「ちょっとあんた」  部屋で寝ころびながらマンガを読んでいたら、弟がそう話しかけてきたのだ。幼いころは「お兄ちゃん」と呼んでどこに行ってもついてきていたというのに、さすがに「お兄ちゃん」とは気恥ずかしくて呼べなかったらしい。

弟から使途不明の借金の申し出。きっとそれは……

「なんだよ」  僕もぶっきらぼうに返事をする。微妙な静寂が流れた。おそらくお互いになんとも居心地の悪い気味悪さを感じているであろうことは理解できた。 「何も言わずに1万円貸して欲しい」  弟の口からでた言葉は意外なものだった。 「な、なにに使うんだよ」  ぶっきらぼうに返答しつつも、あまりに意外なその申し出に僕も動揺が隠せていない。 「それを聞くなっていってんだよ」  弟はあからさまに不快感を示しはじめた。 「お、そうだったな、すまんすまん」  なぜか一瞬にして立場が逆転してしまい、1万円貸してやる僕の方が下手に出て気を遣う状態になってしまった。なかなか才能があるぞこいつ。金を借りる才能がある。  僕はその時、アルバイトをしていてけっこう潤っていた。おまけに、幼いころに弟の貯金箱から金を盗んでいたという負い目もあったし、なにより、頼られたことがちょっと嬉しかった。 「ほらよ、ちゃんと返せよ」  財布から1万円札を抜き取り、かっこつけてピシッと弟の前に差し出した。弟はそれを奪うようにして受け取り、お礼も言わずに自分の部屋へと戻っていった。
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弟が1万円を欲した理由は案の定……
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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