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「人生であと5回しか会えない」。母親のために里帰りしたおっさんの葛藤

おっさんは二度死ぬ【おっさんは二度死ぬ 2nd season】

ヒデさんの母親に会いに行く

 居酒屋の喧騒の中でヒデさんはポツリと言った。 「もう、あと5回しか母親に会えないんだよな」  僕の飲み友達であるところヒデさんは稀に突拍子もないことを言いだす。その日も、いつものように安酒に安つまみ、安い会話を楽しんでいた時のことだった。 「思うのよ、俺たちってあと何回、母親に会えるのかって」  ヒデさんの視線の先には色褪せたキリンラガー生のグラビアポスターがあり、彼は一点の曇りもない眼でそれを凝視しながらそう言った。なぜ、ビールジョッキを持った水着のお姉さんを見ながら母親の話を切りだしたのかは分からない。 「俺はさ、母親が30歳の時の子なのよ。だから母親は30個上なわけ。そりゃあかわいがってもらったよ」  ヒデさんは北の方の出身で、それこそ若い頃は何度となく帰省して母親に会っていたが、おっさんと呼ばれる年齢になるにつれてどんどんと足が遠のいていったらしい。それこそ最近になって帰省したのは10年も前のことになるらしい。それはもう最近とはいわない。 「10年に一度しか母親に会わないとなると、俺がいま50歳だから、100歳まで生きるとして、あと、5回しか母親に会えないわけよ」  なんらかの肝臓の数値でゲームのハイスコアみたいな記録を叩き出したヒデさんが100歳まで生きるつもりであることに驚いたし、そのとき母親は130歳でなお生きている算段であることにも驚いた。 「あと5回って思うと、なんだか焦りますね」  僕の言葉にヒデさんは深く頷いた。僕は追い打ちのように続けた。 「僕自身は若いときに母親を亡くしていますけど、もっと会っておけばよかったって思いますもん」

ヒデさんの里帰りに付き合わされる羽目に

 その言葉にヒデさんはカッと目を見開き立ち上がった。 「会いに行こう!母親に!」  ただ肉親に会うだけなのにどえらい決意だ。それだけ、断固たる決意みたいなものが必要な行為なのだろう。おっさんにとって遠くにいる母親に会うということはそれだけエネルギーが必要な行為なのだ。 「お前もついてきてくれ!」 「なんでですか。いやですよ」 「怖いもん」  とんでもないことになってしまった。ヒデさんが10年ぶりに母親に会う、それについていく、どういう立ち位置で振る舞っていいのか分からないことになってきた。 「交通費だすから」 「嫌ですよ」  母親に会うくらいサクッと行けばいいのに、ヒデさんは小刻みに条件を切り出してくる。そもそも、交通費を出す気なかったんかい。なにをどう頭の中で都合付けたら僕が自腹で交通費を払ってでもヒデさんの母親に会いたい状態になると思ってるんだ。 「新幹線で食べる駅弁も買う」 「しょうがないなあ、ついていくだけですよ」  こうして、僕はヒデさんと共に母親に会いに行く旅に出ることになったのだった。仕方がない。東京駅で買う駅弁は魅力的すぎる。
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出だしから色々とダメな感じで先が思いやられる
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