ライフ

「人生であと5回しか会えない」。母親のために里帰りしたおっさんの葛藤

おっさんは二度死ぬ

出だしから色々とダメな感じで先が思いやられる

 当日。東京駅で待ち合わせたがヒデさんは思いっきり遅れてきた。予定していた新幹線に乗れなかったし、駅弁も買えなかった。旅のスタートからあらゆる面で約束が違う状態となった。  新幹線に乗り、いくつかの分岐を潜り抜けて、地方駅に降り立つ。そこからさらに在来線に乗り換えて、聞いたことない会社名のバスに乗って、ヒデさんの生まれ育った町へと降り立った。めちゃくちゃ遠かった。  やや真新しい、地区のコミュニティセンターみたいな建物の前がロータリーになっており、そこのバス停に降り立った。なんでも、いまやここが街の中心らしい。この街の全てがこの地区に詰まっているらしい。なにもないじゃないか。 「俺が子供の時は、ここが商店街だったわけよ。夏の土曜の夜には夜市なんかやっててな。出店も出てそりゃあ華やかだったよ」  コミュニティセンターから伸びる通りは、すっかり商店街の面影を失っており、色あせたパナソニック電気屋の看板と、錆びついたマルフクの看板だけが存在感を維持しており、あとは小綺麗な住宅になっているか、だれも停めることのない駐車場になっていた。 「やだなあ、こわいなあ」  商店街だった場所を奥へと歩いていく。実家が近づいてくるに連れて、ヒデさんは稲川淳二みたいなことを言いだした。 「お、ここだ、ここだ」  商店街だった通りのいちばん端っこに古ぼけた喫茶店があった。営業しているようで、看板のランプが煌々と灯っている。入り口に掲げられた「真心こめて営業中」の看板も勇ましい。この商店街における唯一の生き残りといった様相の店構えだ。 「知らなかった。ヒデさんの実家、喫茶店だったんですね」 「違うよ。ここは同級生が継いだ店」

僕を置き去りにして、地元の人間同士で盛り上がる

 ヒデさんは、そう言って喫茶店のドアを開いた。同時にカランコロンとリズムの良いベルの音と、客の来訪を告げる機械的な電子ミュージックが鳴り響いた。 「あらー、もしかしてヒデちゃん!?」  店の中には妙齢のマダムがおり、ヒデさんの姿を見るや否やものすごい勢いで駆け寄ってきた。 「おう、久しぶりだな、アキ」  マダムはヒデさんの腕に絡みついた。 「わたしのとヒデちゃんね、中学の時に付き合っていたの」  マダムアキは心の底からどうでもいい情報を提供してきた。本当にどうでもいい。 「マジ、ヒデかよ、俺を覚えているか。二中のガンテツよ」  店の奥のソファー席から新聞を持った男が立ち上がってくる。 「おー、二中のガンテツか。あの四区の草原の守り神だろ」  ヒデさんの返しにドッ!とマダムとガンテツが沸く。なにが面白いのか全然わからない。  カランコロン。  そうこうしていると小気味良い音を立てて新しい客が入ってきた。 「あれ、もしかしてヒデちゃん?」  サングラスをかけてパンチパーマの男が入店するや否や話しかけてきた。なんだなんだ、この喫茶店はヒデさんの知り合いしかいないのか。 「えっとだれだっけ?」  しかし、パンチパーマの男が誰だか分からない様子のヒデさん。それを察してサングラスを外すパンチパーマの男。 「俺だよ、俺、ほらアロエ泥棒だよ」 「アロエ泥棒か! 下通りの!」  一同がドッと沸く。なにが面白いのか全く分からない。そもそもどうしてアロエを泥棒するに至ったのかも理解できない。それが通り名になっている状況も理解不能だ。
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街に残っている、ある女の「伝説」
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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