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「難民と認めてほしい」軍政の弾圧から逃れてきたミャンマー少数民族の願い

日本人は優しいのに、入管だけは優しくない

高田馬場にあるミャンマー人の喫茶店で辛い過去を話してくれたミョーさん

高田馬場にあるミャンマーの喫茶店で辛い過去を話してくれたミョーさん

「日本を選んでよかったと思っている。入管の法律だけ悪いけど、日本人は優しい。平和だし、悪いことさえしなければ堂々と何でもやれる。  入管だけは優しくない。なんでそんなにイジメるんだろうと思う。そもそも誰が決めているのか。難民を受け入れて面倒を見なければいけないはずなのに、『嘘の難民』とか、『働くために難民申請している』といった目で見る。 『ロヒンギャたいへんですね、ミャンマーたいへんですね』と言いながらも『帰りなさい』とチケット担当の職員に言われた。カチンときたが、下を向いてじっと我慢した……」  ミョーさんの父親は今年2月にがんで亡くなった。母親の兄の家で一緒に住んでいたが、お金がなくて治療ができなかったという。 「お父さんは結構、我慢していたと思う。病院に行かず、倒れ時にはステージ4になっていた。亡くなるのを待つしかなかった。薬代もなかった。  そして、仲間との会議中に弟から着信が来た。いつもなら1、2回電話に出ないと伝言を残すだけだけど、今回は何度でもかけてた。何かなと思って出たら、お父さんが亡くなった知らせだった。治療していればもう少し長生きできたかもしれない」  ミョーさんは目に涙をため、しばらく押し黙ってしまった。

特別在留資格が出たら家族を日本に呼びたい

「帰る場所はなくてもミャンマーは平和になってほしい。大人になるまでミャンマーに住んでいたからいい国にしたい。宗教や民族とか関係なく、平和に。みんなで仲良く、安全な国になってほしい。  実は日本でも、ロヒンギャだからといって仲間に入れてくれなかったり、仲間に入れてくれても裏では『関わりたくない』と言われたりすることがある。だから私はそういうのはなくしたい。せっかく日本みたいな国に来ているのに」  もし特別在留資格が出たら、お世話になっているNPOに入って仕事がしたい。そして、バングラデシュにいる母と弟を日本に呼びたいとミョーさんは願っている。  難民申請は3回目のミョーさん。これだけの壮絶な人生を歩みながら、入管はなぜビザを出そうとしないのだろうか。一刻も早くビザを出して、苦労した分、彼に平穏な人生を歩ませてあげてほしい。それこそが難民条約を結んでいる先進国としての役目ではないのだろうか。 文・写真/織田朝日
おだあさひ●Twitter ID:@freeasahi。外国人支援団体「編む夢企画」主宰。著書に『となりの難民――日本が認めない99%の人たちのSOS』(旬報社)、入管収容所の実態をマンガで描いた『ある日の入管』(扶桑社)

ある日の入管~外国人収容施設は“生き地獄”~

非人道的な入管の実態をマンガでリポート!

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