更新日:2023年04月09日 11:04
エンタメ

報道ではほとんど伝えられなかった、坂本龍一さんの想い

坂本さんにとって大切なのは、音楽よりも「生命」だった

坂本さんと

2019年の「NO NUKES2019」にて。これが坂本さんとお会いした最後になってしまった。真ん中が筆者、隣は筆者三男の田中悠輝さん、障害当事者が運営する自立生活センターをテーマにした映画「インディペンデントリビング」を撮った田中悠輝監督。

 坂本龍一さんの訃報を聞いた。とにかく坂本さんのことをテレビ番組が大いにとり上げた。だけどおかしいのは「音楽家・世界の坂本」についてばかりで、彼があれほど懸命に訴えてきたことにはほとんど触れられていないのだ。それっておかしくないか。  坂本さんは「音楽に力がある」ことを否定している。いろいろ書いているがおそらく啄木と同じ、音楽は「悲しき玩具」であることを知っていたんだ。確かに音楽は一つの思いをパックできるけど、それを聴く側は語弊を恐れずに言えば「誤解」している。人によってどうとでも誤解できる道具だから、音楽では力にならないのだ。 「誤解されないように」と思って言葉にしたものは、まったく紹介されない。坂本さんにとっては大切なのは生命だった。生命とは共存できない核兵器や原子力に反対し、生命の奥に見えるたくましさや力強さを守ろうとしていた。  繊細でありながらダイナミックな生命の働きに畏敬の念を持っていた。だからそれを壊してしまう存在である核・原子力の存在を嫌悪していた。同じ意味で、人と人の強欲さの戦いである「戦争」に対しても、反対する明確なメッセージを寄せたのだ。  しかし今の報道は彼が最も嫌悪していた「世界の音楽家」という枠に閉じ込めようとしている。だからあれほど報道されたのに、ほとんど「原子力」や「非戦」の問題に触れないのだ。坂本さんは死して再び殺されるのか。

坂本さんとの出会いは、『非戦』の出版だった

非戦

『非戦』(幻冬舎)の出版に参加したことが、坂本さんと出会うきっかけだった

 坂本さんは普通の人としての感性を忘れない人だった。それじゃなきゃぼくなんかと一緒に活動できるはずもない。ぼくは若いころから坂本さんの音楽を聴いてたけど、そのことについてはついに一度も告白できなかったな。  ぼくが坂本さんに初めて会ったのは、『非戦』(幻冬舎・2002年1月刊)の出版記念会の時だった。この本を出版するまではメーリングリストでやり取りしていて、他の多くの人たちは坂本さんとは初対面だから、坂本さん以外で「私は誰でしょうゲーム」をやったんだ。 ※『非戦』……2001年9月11日に起こった米国同時テロと、それに続くアフガン報復戦争をきっかけに、坂本さんは友人たちとメールで情報交換を始めた。この情報はメーリングリストへと発展し、「(米国発の情報を偏重している)一般のメディアではあまり目にすることのない、こうした声を少しでもたくさんの人に読んでもらいたい」との思いから出版された。坂本さんは本書の監修をつとめ、「いかに僕たちが『真実』から遠ざけられているのか、改めて気づかされた」と語っている。  楽しいことがたくさんあったな。坂本さんと一緒に活動して。  もちろん尊敬してたし大好きだったけど、叱られたこともあった。 「NYにいる人たちは(9.11で)辛い思いもした、それでも彼らに向けて『非戦』と言ったんだから、非戦を貫く思いを持たないと。だから“大切な人を亡くしてもそれでも戦わない”というぐらいの想いを持たないと」と。  ぼくも尊敬していたけど、ミュージシャン仲間のほうが坂本さんを尊敬していた。別格な思いがあったのじゃないかな。だからアーティストパワー(アーティストによる自然エネルギー促進プロジェクト)の集まりに、多くのミュージシャンが結集したのだと思う。ap bank設立(2003年6月)の時にも協力してもらった。 ※ap bank……坂本龍一さん、小林武史さん、櫻井和寿さんという3人のアーティストが拠出した資金を、環境保護や自然エネルギー促進事業、省エネルギーなどさまざまな環境に関するプロジェクトへ低金利で融資する非営利の融資機関。当時、多くの市民バンク立ち上げに関わっていた筆者の提案に、坂本さんは積極的に参加してくれた。
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坂本さんに関する報道は、彼が重視していなかったことばかりに焦点を当てていた
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1957年東京都生まれ。地域での脱原発やリサイクルの運動を出発点に、環境、経済、平和など、さまざまなNGO活動に関わる。2012年末に岡山に移住。2013年5月、電力会社に頼らない太陽光パネルと独立電源システムの生活、「オフグリッド生活」を始めた。2016年、国産無垢材で極力化学物質を使わない「天然住宅」で自宅を建てる。現在「未来バンク事業組合」理事長、「ap bank」監事、「一般社団法人 天然住宅」代表、「天然住宅life」共同代表、「自エネ組」相談役を務める。横浜市立大学非常勤講師。著書に『地球温暖化 電気の話と、私たちにできること』(扶桑社)など。

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