「1年くらい待てば再入国できる」という入管の提案に従ったが……
カタクリ子さんが、収容施設からの唯一の通信手段である公衆電話を使うため夫に差し入れたテレフォンカード。これだけで月に数万円が飛んだ
収容から2年が過ぎた2019年6月、牛久入管はAさんの一時帰国を提案した。
「Aさんは犯罪歴もなく、妻が日本人で子どももいる。ガーナに帰って、1年くらい待てば再入国もできる。1年3か月で再入国した事例もあります」
カタクリ子さんは悩んだ。100kgあったAさんの体重は75kgに激減していた。拘禁反応なのか目つきも弱弱しくなっている。夫妻は、これ以上の長期収容よりはと帰国を選んだ。1年だけ待てば……と。Aさんは9月に帰国した。
Aさんの帰国後から、カタクリ子さんは夫の再来日のために配偶者ビザを3回申請したが、いずれも不許可。そして、約1年で再入国できるとの入管の言葉を信じていたAさんは、1年待っても2年待ってもそれが実現しないことに入管への怒りを募らせ、ついには帰国を選択したカタクリ子さんにも不信感を抱くようになる。
日本から帰国して2年9か月経った2022年6月、Aさんは、就職難のガーナにこれ以上留まるのではなく、働く場所を求めて出国を決意する。
ちょうどそのころ、カタクリ子さんは申請中の配偶者ビザについて、入管との話し合いの感触から「今度は付与されるのでは」との手応えを覚えていた。カタクリ子さんは、LINE電話でAさんに訴えた。
「ガーナを出るのは待って。今度はビザが出そうだから」
「いや、とにかくガーナを出る。ガーナに仕事は少ない。働くためにどこかの国に行きたい」
話は平行線をたどり、結局Aさんはガーナを出た。6月のことだ。まず、ガーナ人がビザなしで行ける南米のガイアナまで飛び、そこからは目的の国を目指し、バスや徒歩で、隣国へ、そのまた隣国へと移動を続けた。
そして9月。Aさんはついに目的の国に達した。だがあろうことか、パスポートを失くしてしまう。しかもガーナは当時、出国者の多さから新規パスポートを発行しない措置を取っていたので、Aさんは現在、その国で不法滞在せざるを得なくなっている。
そして、なんという皮肉か。翌10月に日本の入管が、カタクリ子さんが予想していた通り、Aさんに配偶者ビザを出したのだ。それをカタクリ子さんの連絡で知ると、Aさんはさすがに落ち込んだという。カタクリ子さんの言葉に従ってあと数か月待っていれば、Aさんは日本に再入国できた。堂々と働けて、家族と幸せな時間を過ごしていたはずだ。
もっとも、今の不法滞在が発覚すればガーナへの強制送還もあり得る話で、そうなれば再来日も可能だ。だが、Aさんはこうも言ったのだ。
「オレは日本が怖い。オレをあんなにひどく扱って。日本には行きたくないんだ」
カタクリ子さんはこの言葉に何も言えなかった。家族は壊れた。妻は夫を失い、息子は父を失った。だが誰もAさんを責めることはできない。カタクリ子さんの主張は正しい――。
「誰も悪くない。悪いのは入管です。夫が1年で帰れるなんてウソをよくも言えたものです」(カタクリ子さん)
入管法改正案は「難民申請中の外国人を帰国させてはいけない」という国際法に反している
今年3月30日に開催された入管法改正法案に反対する集会に参加したまゆみさん(右から2番目)となおみさん(右から3番目)
今年4月13日、国会前で入管法改正法案の廃案を求める「入管法改悪反対アクション 緊急スタンディングリレートーク」が開催され、カタクリ子さんも16人の登壇者のひとりとしてこう訴えた。
「私の息子は5回父を失っています。最初は、実父が事故死したとき。2度目は、新しい父が収容されたとき。3回目は、その父に面会できないこと。4回目は、父が帰国したこと。そしてビザは出たけれど、彼が『日本が怖い。信じられない』と言われたときです。夫はかつて、『ここは日本。政府はウソをついて国民をだまさないよ』と。でもウソをついています」
そして、入管法改正法案を激しく批判した。
「今、仮放免者や難民申請者が帰国しないことが『罪になる』という法案が検討されています。子どもの身の安全のため、幸せのため、帰国できないお父さん、お母さんが犯罪者になってしまったら、その子どもはどれだけ自分の存在を責めるでしょうか。そしてただ家族になりたかっただけなのに、『日本が怖い』と夫に言わせてしまった日本人の私と子どもはこれからどういう気持ちでこの国で生きていけばいいのでしょうか。どうかこの法案に反対の声を上げてください。弱い人が生きやすい社会こそが強いのです」
入管法改正法案の究極の目的は、在留資格のない外国人を帰国させることにほかならない。国際法においては、「難民申請中の外国人を帰国させてはいけない」という「ノン・ルフールマン原則」があるが、入管法改正法案はこれを堂々と破ろうとしている。
国会前で入管法改正案廃案を訴える、ウィシュマさんの妹たち
2年前は、ちょうど名古屋入管でスリランカ人女性のウイシュマさんが不審死を遂げたことで、国会前では連日のように多くの市民や市民団体が抗議運動を展開し、法案を廃案に追い込んだ。
そしてそれから2年後の今、ウイシュマさんの死の直前の数日間を記録した映像が名古屋入管から提出・公開され、たとえば「病院に連れて行ってほしい」とのウイシュマさんの訴えをことごとく無視する入管職員の姿勢が露わにされている。今国会では、再び国会前で2年前のような熱い抗議運動が展開されている。
ただし改正法案が再び廃案になったとしても、それは多くの外国人を収容や仮放免で苦しめている現行法が残ることを意味する。どうすればいいのか。最後に、まゆみさん(前出)が3月30日の集会で発した提案を紹介したい。
「私の家族は夫だけです。本来なら難民として認定されるのが望ましいのです。また、日本生まれで日本育ちの外国人の子どもとその家族や、極めて難民性が高い仮放免者の逃亡性は低く、日本語で日常会話ができたり、日本の風習や文化を理解していたりする方もたくさんいます。あらゆる分野で即戦力になる。このような人たちは排除または分担をするのではなく、在留と就労を認め、人として最低限の社会保障を与え、社会のルールに沿って共生していくことこそ国が豊かになるのではないでしょうか」
文・写真/樫田秀樹
フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線、入管問題などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。Twitter:
@kashidahideki