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田舎で暮らす老いた親の面倒を、地域に“外注”している子供たち/猫山課長

 地方の金融機関で課長を務めながら作家としても活動する猫山課長(46歳)。過疎化が進む現代の地方都市に根を張り、働き、家族を養い、生きる――。それがどういうことか。地方の中年サラリーマンが、「東京人は絶対に知らない、もうひとつのニホンの姿」を綴る。

平日昼間の世界の平均年齢

老人

写真はイメージです

 平日に仕事を休むのはとても気持ちがいい。解放されたような気持ちになる。小学生のときは軽い病気で学校を休むとなんだか罪悪感に苛まれたけど、いまはそんなの全然ない。まるで特権階級になった気分になる。みみっちいのはわかっているけど、そう感じるのは俺だけじゃないだろう。  有給の日は、よくカフェに行く。最寄りのチェーン店のカフェまでは歩いて30分で、車なら10分もかからない。次のカフェまではさらに倍以上かかる。ここは完全に田舎だ。  カフェまでの道の両側は田んぼで、歩いているとだだっ広い田んぼの上を風が抜けていく。田植え前の田んぼからは泥の匂いがする。悪い匂いじゃないが、素敵なものじゃない。  若い人は一人も見ない。人自体も少ないが、目に入るのはすべて老人だ。それも60歳なんかじゃない。70歳を完全に超えている人たちばかり。政治の世界では60歳は鼻垂れ小僧らしいけど、60歳なんてこっちじゃ若者扱いで、老人だなんて思ってもらえない。  カフェに入ると、70歳超えの老人の一団が一角を占領している。8名ほどの集団だ。平日にこのカフェに来ると、必ずこの集団がいる。おそらく集まるのが日課になっているのだろう。みんなスマホも見ずにずっと話している。彼らの話を聞く意味はないから、イヤホンを耳に突っ込んで自分の世界に入っていく。  ほかのお客も年寄りばかりだ。止まることなく話し続ける年配のオバ様、1人で読書をしているおじいさん、無言で向かい合って座っている時が止まったかのような老夫婦。属性は様々だけど、年配であることは共通している。  店員にも若い人はいない。この店ではアラフィフ以上の店員しか見たことがない。おそらくはパートなのだろう。  ふと、この空間の平均年齢を考える。おそらく50歳は超えているだろう。46歳の自分が若い方だと認識してゾッとする。  カフェを出て、スーパーで買い物をする。お客はほとんどが年寄りだ。レジに並ぶ。レジ担当も60歳手前に見える。手際は問題ない。外に出ると爽やかな春の日が降ってくる。何人かの年寄りとすれ違う。そもそも人が歩いていない。田舎は車社会なのだ。  そして、家に帰って気づく。20代の人間を1人も見なかったことに。

帰ってこない息子を待つ独居老婆

 田舎は、どこまでも年寄りでできている。  金融機関に入社したのは20年以上前で、その時は個人宅への集金業務があった。毎月の積み立て金を預かりに行くのだ。  昼間に家にいるのは間違いなく年寄りだ。働ける年齢の人はもちろん会社で働いている。留守番は年寄りの仕事になる。そんな中で、結構な数の独居老人、または老人だけの世帯があった。話を聞くと、息子(娘)は別の土地で暮らしているとのこと。まあ、こっちじゃよくある話だ。 「で、その息子さんはいつかは帰ってくるんですか?」  そう聞くと、「定年したら帰ってくるかもしれない」との返答があった。  本当かよ。帰ってくるわけねえじゃんこんな田舎に。当時20代の俺はそう思った。    そして今も、そう思っている。帰ってくるわけがない。  都市部から田舎に帰ってくるメリットは限りなくゼロに近い。平均所得だって低いし教育レベルも違うし文化的教養的な刺激もない。なんせ交通の便が悪いから車が必須になる。こっちじゃ80代後半の高齢者がふらふらしながら軽トラを運転している。そのうち田舎で深刻な交通事故が頻発し社会問題になるだろう。といっても都会のように数分おきにくる電車なんてない。車がなければ生きられない。簡単に言えば、何もかもが遠いということだ。不便さは、人を遠ざけてしまう。  自然に囲まれて老後を生きたい? 笑わせないでほしい。自然はそのままでいてくれない。常に手入れが必要で、何もしなければすぐに侵食してくる。予算が下りないのか知らないが、維持作業の頻度が低い道路を見せてやりたい。道の上まで覆いかぶさってきている樹木を見れば、自然はおとなしくしてくれないことがわかるだろう。  自然はノーメンテで存在しているわけじゃない。年をとって維持できないからって、美しい庭をコンクリートで埋めて介護事業所の送迎車が停められるようにした家もあったんだ。  いつかは実家に帰る? どうせ帰る気もないのに、田舎の親に期待を持たせていいのか。残酷だとは思わないのか?  でも、安心していいのかもしれない。あのおばあちゃんはそう言いながら、それを楽しみにしているようには見えなかったから。「どうせ帰ってこない」と心の底ではわかっていたような寂しい目をしていたから。期待してないみたいだから、安心してくれ。
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子供の代わりをする近所の高齢者
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金融機関勤務の現役課長、46歳。本業に勤しみながら「半径5mの見え方を変えるnote作家」として執筆活動を行い、SNSで人気に。所属先金融機関では社員初の副業許可をとりつけ、不動産投資の会社も経営している。noteの投稿以外に音声プラットフォーム「voicy」でも配信を開始。初著書『銀行マンの凄すぎる掟 ―クソ環境サバイバル術』が発売中。Xアカウント (@nekoyamamanager

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