田舎者にとって、年収がアップする転職など「幻」でしかない/猫山課長
地方の金融機関で課長を務めながら作家としても活動する猫山課長(46歳)。過疎化が進む現代の地方都市に根を張り、働き、家族を養い、生きる――。それがどういうことか。地方の中年サラリーマンが、「東京人は絶対に知らない、もうひとつのニホンの姿」を綴る。
先日、部下から会議室に呼び出された。会議室には2人きり。只事でない表情をしている。トラブルが発生したのか? 最初そう疑ったが、残念ながらトラブルではなかった。なんなら、トラブルのほうがよかった。
「申し訳ないのですが、先ほど部長に辞表を提出しました」
彼はウチの会社の中でも最高クラスの人材だ。企業支援部門の実質的なエースであり、彼の働きによって大きな仕事をいくつも完遂し、大きな利益をもたらしてきた。もはや会社の顔になりつつある男だ。
俺は彼の上司だが、指導なんてする必要はない。俺の最も重要な仕事は、彼の邪魔をしないこと。彼がのびのびと仕事ができる環境を整え、余計な口を挟まない。それが功を奏したのかはわからないが、彼は抜群の成績を叩き出した。今後の飛躍は間違いないように見えた。
そんな彼が、辞表を提出した。でも、いつかそんな日がくる気がしていた。彼は現状の扱いに不満を持っていたから。
「まず、止める気はまったくない。転職は正解だと思う。当然給料は上がるんだろう?」
驚きと戸惑いを限界まで腹に収めて、感情をできる限り殺して質問を絞り出した。
「はい、ベースは今よりグッと上がります。コンサルテーションの会社に行きますから、実績によってボーナスも大きく変動します」
「となると、こっちの企業じゃないな?」
彼がどこに行くかが気になる。当然だ。
「A社にお世話になることになりました」
A社は隣県の大都市に本社がある会社で、この地方でも名の知れた会社だ。転職先としては申し分ない。確かに給料も上がるだろう。しかし、ウチの地域に支店はない。
「ちょっと待て、そうなると転居するってことになるよね? 家族はどうする? ずっと単身赴任というわけにはいかないんじゃない?」
「子供が進学するタイミングで、家族全員で先方の本社のある〇〇県へ移住します。今の家は売ります。というか、もう売却の手続きをすすめているんです。さっさと売って、移住まではアパートで暮らします」
「そうか、そこまでしてか……」
覚悟を決めた彼を前にして、後の言葉が出てこなかった。
田舎の金融機関のエースの決断
金融機関勤務の現役課長、46歳。本業に勤しみながら「半径5mの見え方を変えるnote作家」として執筆活動を行い、SNSで人気に。所属先金融機関では社員初の副業許可をとりつけ、不動産投資の会社も経営している。noteの投稿以外に音声プラットフォーム「voicy」でも配信を開始。初著書『銀行マンの凄すぎる掟 ―クソ環境サバイバル術』が発売中。Xアカウント (@nekoyamamanager)
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