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田原総一朗と上杉隆が語る「五輪汚職と神宮外苑再開発」

神宮外苑に巨大利権を生み落とした“錬金術”

――猪瀬元知事は当時、五輪開催都市のトップとして、組織委会長に民間からトヨタの張富士夫会長を招聘したかった。だが、医療法人「徳洲会」グループから借り入れた5000万円を政治資金収支報告書に記載していなかった資金提供問題で失脚している。猪瀬氏はこの問題について、都知事就任後、速やかに5000万円を返却しようとしたが、当時、徳洲会には公職選挙法違反で強制捜査が入っており、「今、来てもらっては困る」と拒まれ、返金できなかったとしている。 田原 徳洲会問題で足元をすくわれた猪瀬さんは、その後辞職に追い込まれた。そして、組織委会長に就いたのが森元総理だった。 上杉 当時、都議会では自公のなかに反猪瀬の動きがあり、特に公明党は参院議員宿舎の変更や、猪瀬都知事の独断専行に反発していた。五輪を巡っても、開催都市のトップが就くことはできない組織委会長に自ら収まろうとして、森元総理の逆鱗に触れたのです。 田原 トヨタの張会長を招聘する前は、上杉さんが言うように猪瀬さん自らが組織委会長に就こうとしていたという話もあったらしいね。 上杉 その後、資金提供問題が発覚したとき、都議会総務委員会で知事は吊し上げられます。議会では、カネを借りたときに使ったとされるものと同様の鞄が用意され、この鞄に現金5000万円を模した発泡スチロールを必死に詰め込もうとするが、なかなか入らず、汗だくになって苦しむ猪瀬都知事(当時)の姿が、ニュースで繰り返し流されました。  ただ、僕の得た情報では、この直前、都議会の公明党控室で鞄に現物の5000万円と同等の容量の発泡スチロールを用意してそれが入らないよう細工が施されていたといいます。このときのニュース映像が猪瀬氏の評判を落とすのに絶大な効果を挙げた。これが決定打となり、都知事辞任を余儀なくされます。  このときの議会の追及は苛烈を極め、後に猪瀬氏はこれを法律によらず私的に断罪する「人民裁判」だったと批判しているほどです。 田原 仮に森元総理が逮捕されれば、1976年のロッキード事件の田中角栄元総理以来となる総理経験者の逮捕になる。森さんの逮捕があるとすれば、どういうケースだろう。 上杉 東京五輪の汚職は2030年冬季五輪の札幌招致に影を落としています。「これ以上捜査を続けると招致活動に悪影響を及ぼす」と懸念する声も内部にあり、検察は一枚岩ではなくなってしまった……。  ただ一方で、「ここまで捜査したからには、森を捕(と)らないと世論の批判は避けられない」という声もあります。つまり、森元総理の逮捕は世論の後押しが条件になる。ところが、官製談合をメディアは報じない。ロッキード事件のときは、メディアは朝から晩まで繰り返し報じたが、現在、五輪の大会運営を巡る官製談合を報じるメディアはほとんどない。ロッキード事件では田中角栄元総理が受け取った賄賂は5億円。これに対して、官製談合の受注額は少なくとも200億円を上回る。しかも、これらの原資は公金です。  戦後有数の一大疑獄事件といっても過言ではないにもかかわらず、メディアが沈黙するのは、テレビや新聞、雑誌社までが五輪スポンサーに名を連ね、メディア自身が「五輪カルテル」に加わっているからです。 五輪汚職と神宮外苑再開発田原 特に、許認可事業のテレビは政府の中にいるようなもので、カルテルの最たるものと言っていい。動かないだろうね。それでも、僕はそうした縛りの中で、権力とどこまでケンカできるかが面白いと思うんだ。 上杉 現在、神宮外苑の再開発に伴い3000本の樹木が伐採の危機に瀕していますが、実は、この再開発は五輪招致を契機に動き出したのです。  明治神宮は100年前に明治天皇・皇后を崇敬するために、全国の有志によって造営され、日本中から選りすぐった樹木が植樹された。つまり、再開発によっていま樹齢100年を超える巨木を含む木々が伐採されようとしている。  都市の緑は非常に大事であり、一度伐ってしまったら、その姿は永遠に失われてしまうでしょう。だから、米国人実業家のロシェル・カップ氏や作家の村上春樹氏、作曲家の故・坂本龍一氏などがこぞって反対の声上げたわけです。ところが、保守から反対の声が聞こえてこない。明治天皇を崇敬する外苑の樹木伐採には、本来、保守が真っ先に反対して然るべきでしょう。 田原 日本の保守は米国との戦争に敗れて以降、本来の姿から完全に捻じれて親米保守と化した。一方で、リベラルが反米となり、こちらも捻じれている。今の日本の保守は現状肯定だから、対米従属にも何ら疑問を抱かない。現状肯定のはずの保守が外苑再開発に反対しないのは、一方で経済成長を重視しているからです。 上杉 保守を自認していた故・石原慎太郎元東京都知事は、2016年の五輪招致に際して、外苑には手を着けようとしなかった。実際、IOC(国際オリンピック委員会)に提出した「招致立候補ファイル」でも、メインスタジアムは臨海地区の晴海に新設する構想で、神宮外苑に巨大な新国立競技場を建てる考えはなかったのです。 田原 石原さんの思い描いた東京五輪とは、どんなものだったのだろう。 上杉 1度目の五輪が「世界クラブへのデビュー」だったのに対して、2度目の五輪は「アジアの都市のリーダーとして、成熟を訴える」と考えていました。だから、石原の五輪は、レガシーを活用して総予算4500億円に抑えるコンパクトなものだったのです。  ところが、石原都知事の後を継いだ猪瀬直樹、舛添要一、そして小池百合子と都知事が変わっていくにつれて、石原さんの思い描いた五輪は大きく姿を変えていった。招致に立候補したとき7340億円と見積もった大会経費は、最終的には3兆7000億円に膨れ上がり、石原の五輪はまったく異なる姿になっていた……なぜなのか? そんな疑問が本を書こうと思った出発点でした。 田原 石原さんとは彼が国会議員の頃、ある月刊誌の対談で大ゲンカをしたことがある。彼は「今の日本は対米従属で、自立した国家にならなければいけない。そのためには、憲法を改正し軍隊を持つべきだ」と主張した。  僕は「アンタの言っていることは正論だ。でも、日米同盟を辞めろとは言わないじゃないか! それで、あんたの主張する自主憲法制定なんてできっこない!」「自前で軍隊を持てば、防衛費は3、4倍にも膨らむ。アンタの話はリアリティがない!」と言ったら、石原さんは答えられなかった。 上杉 そんなことを正面切って言うジャーナリストなんて、田原さんくらいしかいませんよ(苦笑)。石原さん、相当、怒ったんじゃないですか? 田原 ところが、対談記事が載った雑誌が発売されて1週間後、石原の秘書から電話がかかってきて『あの対談を後援会の冊子に転載してもいいか』と申し出てきたんだ(笑)。なんと、あの大ゲンカの記事を石原が面白がっている、という。  彼は意見が違う人間を否定せず、耳を傾けていた。その懐の深さに驚きました。それ以来、彼とはとても仲よくなった。当時、自民党にはハト派と呼ばれる政治家がいたが、彼らは石原さんを怖がって付き合いなんてない。  すると石原さんが『ハト派の連中が何を考えているかさっぱりわからない。田原さん、俺に紹介してよ』と言ってきた。それで、加藤紘一、羽田孜、小渕恵三あたりを紹介したんだ。だけど、3人とも石原さんにやられっ放し(笑)。僕はハト派を全面的に応援したけど。 上杉 話を神宮外苑再開発に戻せば、そもそも外苑は日本初の風致地区に指定され、高さ15mなど厳しい建築制限が課されていました。 田原 ところが、その神宮外苑に高さ200mに迫る三井不動産や伊藤忠の超高層ビルが建とうとしている。 上杉 外苑の大地主である明治神宮は100年先までの安定した運営を目指して、財政の立て直しを図っています。ただ、最大の収入源の神宮球場は老朽化し、建て直すにも莫大なカネがかかる。そこで、球場の上空を利用する権利「空中権」を売却して建設費を調達したのです。一方、「空中権」を買った側は超高層ビルの建設が可能になった。  超一等地の外苑の空中権は総額1000億円超ともいわれる。まさに“現代の錬金術”で、これに明治神宮と三井不動産の思惑が一致した。そして、都が建築規制を大幅緩和した結果、巨大利権が生み出されました。実は、こうした「絵」は五輪招致が決定する1年以上前に、森元総理と都庁幹部によって描かれていたのです――。  東京五輪は外苑再開発のために招致されたのか? 神宮の杜の静けさが、再開発を巡る喧噪にかき消されようとしている。 構成/齊藤武宏 撮影/山崎元(本誌)
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