AV女優になった理由は100ぐらいある
峰:AV女優の書いたエッセイや小説っていろいろあるけれど、戸田さんの『そっちにいかないで』は本当にレベルが違うなと思いました。
戸田:本当ですか!? うれしい! 小説は引退をしてから書きはじめました。

戸田真琴さんの私小説『そっちにいかないで』(太田出版刊)
峰:この本の第一部は戸田さんがAV女優になる前のお話で、二部が始まると、すでにAV女優になっていますよね。この一部と二部の間、つまり「なぜAV女優になったのか」というところは意図的に飛ばしたんですか?

AV出演だけはことさらに選んだ「理由」を聞かれる(峰)
戸田:そうですね。「なぜAV女優になったのか」って本当によく聞かれるんですけど「理由は100個ぐらいあるんで、この場に適したものを選んで言いますね」っていつも答えていましたね。
峰:どんな仕事でも、何でその仕事を選んだのかなんて、はっきりした理由があるわけじゃないことのほうが多いはず。でも、AV出演だけはことさらに選んだ「理由」を聞かれる。
戸田:実家との折り合いが悪くて親に頼れないこと、大学の奨学金を返済するため、創作の時間を確保するためには短時間で稼げるバイトがよいこと、 性格やADHD的な特性から、まともに就職して働けている姿が想像できなかったこと、まともに恋愛できない負い目や性的なコンプレックスを解消したいこと……。いくつも理由はあるんですが、その中でも「自分のことが心底嫌いになったからAVに出た」っていうのがたぶん、一番説明としては正しくて。
でもそこはあえてバッと飛ばしました。なんていうか、言葉で説明しちゃうとすごく足りない気がして。
峰:飛ばし方の技術ですよね。私、「切るなら、机でも、皮膚でもなく、見えないものを切らないといけないんだ」っていう一節、すごくいいなと思って。読み終えた後に改めて帯を見て、この言葉が書いてあったので思わずうれしくなりました。
戸田:自傷ってものごくいろんな種類があると思うんです。いわゆるリストカットとかオーバードーズとか「わかりやすい自傷」以外の自傷も、世の中にはたくさん存在すると思うんです。でも、たいていは一緒くたにされて「病んでる」「メンヘラ」で片付けられちゃう。
『AV女優ちゃん』に出てくる登場人物たちも、AV出演に至るまでには、ある種の自傷行為的な要素があると思うんです。AVに出ること自体も自傷行為だし、しんどいと思いながらも出演し続けることも自傷行為。
私自身振り返ってもAVに出たことは自傷行為的な部分もあるし、AVに出たことによって「自分がそこに存在していいんだ」と一瞬でも思えた、そういう行いだったのもまた事実です。
峰:それを赤の他人が「病んでいる」とか「AVに出演したのは自傷行為でしょ」と一括りにするのはまた違いますよね。
戸田:峰さんの漫画は絵柄はポップでかわいいし、ストーリーも秀逸だからこそ、そういったともすると重くなりがちな話も、似たような思いを抱いている人たちから、「AV業界の裏側を覗いてみたい」と野次馬根性を抱く人まで、幅広い読者に届いているのが改めてすごいと思います。
峰:うれしいです!
戸田:生育環境や経済的な理由でAVに出ることを選ばざるをえなかった人もいれば、AVに出ることで命を繋いだ人もいるし、自分を認められるようになった人もいる。でもそれが行きすぎてしんどいときもある。自分で選んだつもりでも、振り返ってみてそうではなかったと思う人もいる。「自傷行為」と一言でまとめて片づけるのではなく、個々の傷を丁寧にディティールとして積み重ねているから、読んでいて救われる人も多いのではないかと思います。(
後編に続く)
●峰なゆか
マンガ家。女性の恋愛・セックスについての価値観を冷静に分析した作風が共感を呼ぶ。『アラサーちゃん 無修正』(扶桑社)、『アラサーちゃん』(KADOKAWA)は累計70万部超のベストセラーとなった。現在週刊SPA!で『AV女優ちゃん』、女子SPA!で『わが子ちゃん』を連載中。
●戸田真琴
2016年6月から2023年1月までAV女優として活動。『いちばん寂しい人の味方をする』を理念に、現在は文筆家、映画監督として活動中。最新刊に初の私小説『そっちにいかないで』(太田出版)がある。新作映画『さじを投げる/Eat The Sun』を制作中。愛称はまこりん。
取材・文/アケミン 撮影/加藤 岳