更新日:2023年12月29日 16:55
エンタメ

「歌で世界に光を届けたい」海外を席捲する日本人女性シンガーの“揺るがぬ信念”

悲しい時には、歌うことが救いに

 ヨーロッパやアメリカでめざましい活躍をみせる彼女が生まれ育ったのは、東京だという。そんな彼女のアーティストとしてのルーツは一体どこにあるのだろうか。インタビューに応じた彼女は「子供の頃、歌は魔法なんだ、歌を歌えばなんでもできるんじゃないかという夢を与えてくれた」と語る。 「私は歌の大好きな家族や親戚に囲まれて、歌がとても身近な幼少期を過ごしました。小さい頃からミュージカル映画も大好きだったので、サウンドオブミュージックやディズニー作品といったミュージカル映画を繰り返し鑑賞し、その歌を自分で歌ってみたりした。悲しい時には、歌うことが私の心の救いになっていきました。その思いは次第に、『私の歌で他の人の心を救うことができたらどんなに幸せだろうか』と思うようになった。それが私の信念でもある『世界に光を届けたい』ということに繋がっています」

被災地で実感した「歌の力」

 SenaKanaが語る「世界に光を届けたい」という想いは、歌を通じてボランティアに関わった経験の産物でもあるようだ。学生の頃、被災地に赴き、被災者を前に歌ったときの光景を今も彼女は鮮明に覚えている。 「沈んだ顔の人が笑顔になるのを体感しました。その時に、本当に歌の力を感じることができました。歌には人の心に寄り添い、心を豊かにしたり、優しくしたり、辛さを和らげたりしてくれる力がある。その輪が広がっていけば、いつか世界は平和になるのではないか、と信じて頑張っています」  現在進行形で戦禍の最中にあるウクライナは、Sena Kanaが世界で活動を始めた最初の地であり、大切な友人が住んでいる。 「ウクライナで歌ったのは、私が本格的に世界で活動を始める時でした。美しいウクライナにはたくさんの思い出があります。その頃から既にウクライナの情勢は不安定でしたが、今では本当に戦闘が行われていると思うと、心が痛みます。微力でも、傷付いた人達の、ウクライナで家を追われた方々の力になりたい、と思うのは自然なことでした。  コロナ禍で自粛していた歌唱を通じての、ワルシャワやウクライナでのボランティア活動ですが、年末から再開しました。歌で『世界に光を届けたい』という信念は変わりません」  力強く語る彼女の歌声は、これからも世界中で響き渡り続けるだろう。 取材・文/日刊SPA!取材班
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