最後の直線まで、いかに‟勝ちたい”という気持ちを抑えられるかー。調教師・福永祐一の教え
現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の父・福永洋一が成し遂げられなかったダービー制覇を実現した福永祐一氏。20年にコントレイルで無敗のクラシック三冠を達成。23年にまさに全盛期での引退し調教師への転身を決断。自身の厩舎を開業してセカンドキャリアをスタートさせる。
(本記事は、福永祐一著『俯瞰する力 自分と向き合い進化し続けた27年間の記録』より抜粋したものです)
勝ちたい気持ちが強すぎると、早めに動いてしまったり、冷静な判断ができなかったり。コンマ何秒の判断が明暗を分ける競馬では、欲をコントロールすることがとても大事だと考えてきた。欲が勝ちすぎると判断力が曇る。それは間違いない。
最後の直線まで、いかに“勝ちたい”という気持ちを抑えられるか。それが欲をコントロールする作業の最上位だと思うが、勝負事である以上、なかなかできることではない。確かに“無欲の勝利”というものもあるにはあるが、それはあくまで結果論。コントロールしたのではなく、偶然の産物に近い。
では、勝ちたいという欲のぶつかり合いともいえる競馬において、その欲をどうコントロールすればいいのか──。
経験も技術も足りない中で、「とにかく勝ちたい!」「カッコよく乗りたい!」という気持ちが強い若手には難しいかもしれないが、やはり一番は、努めて冷静さを保つことだと思う。冷静であれば正しい判断ができる。それを積み重ねていくこと=欲をコントロールするということにつながる。
自分も完璧にできたとまでは言えないが、性格的に熱くなることがなかったぶん、欲とは比較的にうまくつき合えてきたような気がする。
ちなみに、制裁や騎乗停止に関しては、勝ちたいという欲がそうさせたわけではない。実際、勝ちたいがあまり、危ないとわかっていて狭いところに突っ込むという判断はしていないし、自分が突っ込んでも誰かが引いてくれるはず、なんていう考えもなかった。
あれはひとえに、「もっと数を勝てるはず」という慢心による傲慢な騎乗と、それゆえの意識不足、注意不足が原因だと思っている。
笠松から中央競馬に移籍し、多大な功績を残したジョッキーである安藤勝己さんは、かつて後輩たちに「勝とうと思って乗っているからダメなんだよ」と常々話していた。なぜダメなのかというと、勝ちたいという人間の欲が馬に伝わってしまうからだという。すると、馬はリラックスして走れず、本来の能力を発揮できないということだと思うが、その境地までたどり着けるジョッキーはそうはいないだろう。
自分も晩年は安藤さんの境地を目指し、近づけたような気がした瞬間もあったが、たどり着けたとは言いきれない。後から人に聞いた話だが、そんな安藤さんも引退間際、「最後まで完全な“無”にはなれなかった」と漏らしていたとか。それを聞いて、ちょっとホッとしたのを覚えている。
安藤さんの話は別として、欲とは本来、ジョッキーが持っていて然るべきもの。欲がまったくない状態では、負けても悔しくないわけで、敗因を探ることなく「まぁ仕方がないか」で終わってしまう。それでは次につながらない。
ありすぎてもダメ、なさすぎてもダメ。だからこそ、コントロールが必要なわけだが、こればかりは経験を積みながら自分のものにしていくしかない。自分も負けて引き上げてきた後、何度も「欲をかきすぎたな……」と反省することがあった。まずは反省し、次は同じことを繰り返さないように意識をする。それを繰り返すうちに、いつしか無意識に欲をコントロールできるようになっていった気がする。
“勝ちたい”という気持ちをいかに抑えられるか
無意識に欲をコントロールできるようになるには
1
2
父は現役時代に「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一。 96年にデビューし、最多勝利新人騎手賞を受賞。 2005年にシーザリオでオークスとアメリカンオークスを制覇。 11年、 全国リーディングに輝き、JRA史上初の親子での達成となった。18年、日本ダービーをワグネリアンで優勝し、父が成し遂げられなかった福永家悲願のダービー制覇を実現。20年、コントレイルで無敗のクラシック三冠を達成。23年に全盛期での引退、調教師への転身を決断。自身の厩舎を開業してセカンドキャリアをスタートさせる
記事一覧へ
記事一覧へ
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ