ライフ

「80歳で20本の歯を残そう」8020運動の“意外な落とし穴”。表彰されたのに「食べ物が噛めない」

みなさんは現在、お口の中に何本の歯があり、将来的に何本の歯があれば十分に物が食べられ、お話ができ、笑顔で満足に暮らせると思いますか?
野尻真里

歯科医師の野尻真里

日本では“8020”が推奨されています。平成元年から厚生労働省と日本歯科医師会の“8020運動”によって、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」といわれているのです。 厚生労働省のHPには、どの性・年齢層でも自分の歯が20本以上残っている人の咀嚼状況が良好であることを示した国民健康・栄養調査の記録も載っています。
16本の歯

8020を達成できなかった患者さん。16本の歯が残っている

インプラントや入れ歯など、なくなった歯の代わりとして装着できるものもありますが、長い目で見れば、やはり自分の生まれ持った歯に敵うものはないのが現状でしょう。 では、80年間生活をしていて20本の歯が残っていれば、みなさんのQOL(生活の質)は確実に守られるのでしょうか? 私たち予防歯科を推奨する歯科医師の間では、じつは“8020”に疑問の声が上がっています。そこには、意外な落とし穴があるのです。今回は“8020”をみなさんにも見直してほしいと思います。

“8020”の落とし穴「健康ではない歯も含まれる」

歯科医院では、いらっしゃった患者さんの歯の本数の確認も行います。通常、大人の歯は28本あります。そこに親知らずが4本加われば32本です。 “8020”では20本歯が残っていたら達成となるのですが、この歯のカウントは健康な歯の本数だけではありません。 例えば、当院にいらっしゃった患者さんで、歯の頭の部分がなくなり、根っこの部分のみとなった歯が何本か見られました。
むし歯の進行

むし歯の進行によって歯の頭の部分を失ったと思われる

こうした根っこのみ残っている歯は、肝心の“噛む”のに機能していません。しかし、根っこのみの歯も“残っている歯の本数”としてカウントされてしまうのです。そのため、この患者さんもギリギリではありますが、 “8020”の達成者なのです。 ただ、みなさんから見て、この状態で満足に食べられると思いますか?この患者さんの来院理由は「食べ物が噛めない」でした。

噛むのに機能しない歯を残しても “8020”を達成してしまう

歯周病の進行

全体的に歯周病の進行が見られ、歯の根元が折れている歯も見られる

次の患者さんも“8020”達成の患者さんです。 歯は全体的に歯周病に罹り、歯を支える骨が溶けているため歯茎も下がり、歯は伸びている印象です。歯自体は残っているものの、噛むと歯が痛いため、食べ物が噛みづらく、特に前歯部分では噛みちぎることができない状態です。また、上の奥歯は歯の根元で割れており、機能していない状態でした。 こうして満足に物が噛めない状態でも、都道府県によっては8020達成者の表彰が行われています。なんだか純粋に喜べないですよね。
次のページ
歯の健康のためには…
1
2
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari

記事一覧へ
おすすめ記事