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『ぷよぷよ』『はぁって言うゲーム』の生みの親が語る“人生が変わるゲームのつくりかた”「ゲームの面白さはルールで決まる」

「ぷよぷよ」は驚きの少人数チームで生まれた

――本書では「ルールのつくりかた」こそが「ゲームの楽しさ」につながっていくと指摘されています。そのためのさまざまなノウハウが紹介されており、ゲーム好きでなくとも多くの学びが得られます。 米光:もともとはゲーム作りたい人向けに書いていたのですが、前出の動機があったため、書いているうちに「もっと広い人に届けたい」と思うようになりました。  当初のタイトル案は『楽しいゲームのつくりかた』でした。僕もそのタイトルに沿って書いていたのですが、最終的に編集者から「この内容だったら『人生が変わるゲームのつくりかた』のほうが合っていると思います」と言われたのです。「ちょっと大げさかな」と悩みつつも、書き上げたときには「確かに『人生が変わるゲームのつくりかた』のほうがタイトルとして合っているな」と実感しました。 ――「コミュニケーションがうまく取れない」という実体験が、ゲームにつながったというエピソードは印象的です。 米光:僕はコミュニケーション下手です。僕が最初にコンピュータゲームの制作を始めた頃は、所属していたコンパイルという会社も10人くらいの小規模なチームで、和気あいあいとした雰囲気で作業ができました ――そんな少人数で『ぷよぷよ』は作られたのですか……! 米光:しかし、1990〜1995年以降、PlayStationなどの登場で制作人数がどんどん増えて巨大化していき、スタッフ数は150人以上に膨れ上がっていました。その規模になると、ディレクターには統率力が求められます。しかし、コミュニケーションが得意でない僕のような人間が上に立つと、すれ違いや誤解がたびたび起こりました。

コミュニケーション下手から誕生した大ヒットゲーム

人生が変わるゲームのつくりかた

『人生が変わるゲームのつくりかた ーいいルールってどんなもの?』 (ちくまQブックス)

――職人気質の人間が管理職に就くと、うまくいかないとはよく言いますよね。 米光:当時の僕はとても無愛想でした。「これ、良いよ!」なんてわざわざ言わなくても、仕事なのだから過剰に褒める必要はない。みんなプロフェッショナルだから、「『良いものは良い』と伝えれば十分」と思っていたんです。  ところが、あるとき部下がグラフィックを持ってきた際に、「オッケー」と軽い感じで返答したところ、「やり直します……」と返してきたのです。驚いて「いや、『オッケー』と言ったよね?」と伝えると、部下から「でも、その『オッケー』の言い方、米光さんが『納得している』ときの言い方ではなかったです」と言われてしまった。そのとき初めて、言葉だけではなく、伝え方やニュアンスがどれだけ重要なのかということを痛感しました。  その後も、同じような体験は続きます。そこで、コミュニケーションのズレを楽しみながら、みんなで改善・実感してほしいと思って作ったのが『はぁって言うゲーム』なんです。このゲームでは、実際に「自分が伝えたつもりでも伝わらない」ということを、楽しく体験できます。 ――少しマイナスな気分からゲームが生まれたのですね。 米光:なにかあったら「ゲームにしよう」と考えるタチなんですよ。
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新しい発想を生み出す「自分マトリクス」とは?
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編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
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