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「妖怪の刺青」が身体に刻まれた女性の“壮絶な半生”。「くさい」といじめられた幼少期、未成年のうちに妊娠

冷蔵庫の中にあった「見慣れないもの」の正体は…

 父親との間に諍いが絶えなかった姉は、未成年でフィリピンへ飛んだ。 「フィリピン人との間に子どもができたことで、姉はフィリピンでの結婚生活を選びました。もちろん父への反抗心もあったでしょうけど。ところが直後に夫が覚せい剤で捕まり、シングルマザーとして帰国しました。少しの間は実家にいましたが、父と折り合いが悪いため、他県へ引っ越していきました」  マオさんが姉の精神的な不調に気づいたのはこの頃だという。 「姉は飲み屋の仕事へ行くといって、平気で甥を放置したまま夜から朝まで働きに出てしまいます。そのときはもう、私も子育てをしている身でしたが、甥が不憫なので何とか手伝いに行っていました。あるとき、姉の家にある冷凍庫を開けたら見慣れないものがありました。聞いたら、姉は平然と『飼っていたフェレットだよ』と答えたのです。あまりの異様さに、私は深く追求することもできずに冷凍庫を閉じました」  時系列が下ると、姉はさらに瓦解していく。 「甥が公園で寝泊まりしているという話を聞いて、私が迎えに行ったこともあります。姉に電話を入れると、なぜか怒り出し、『そんなに心配ならあんたが母親になりなよ。今日からあんたが母親ね!』と一方的に怒鳴られました。さすがにこの状況を放置するわけにはいかないので、私は甥を連れて実家で一緒に暮らすことにしました」

学校で「くさい」といじめられていた

 姉は常軌を逸しているが、諸悪の根源は父親にあるとも考えられる。父親が強大な権力を振りかざす一方で、子どものケアは一切おこなわれない。マオさんがいつも向き合うのは、幼少期の自分だという。 「学校でいつも『くさい』といじめられていました。我が家はアルコールとタバコが充満していて、そのにおいを纏ったまま登校していた私は、明らかに異物だったんだと今は思います。だから、子どもの社会でも排除され続けたのでしょう」
マオさん

ワンオペでの子育ては困難を極め、やむなく実家に戻った時期もあるそうだ

 中学卒業後、すぐに働く道を選び、未成年のうちに妊娠、結婚。マオさんがその後に歩んだ道も険しい。 「最初の結婚では学歴がないことを理由に義実家から反対され、駆け落ち同然で元夫と暮らしました。しかし元夫の不倫、義母の横領などがきっかけで婚姻生活は破綻しました。2度目の結婚では、出産直後に元夫が家計からお金を盗んでそのまま蒸発しました。結局、外で置き引きをして捕まった彼とは、警察からの連絡で再び会うことができました。  自宅はライフラインが止まっていて、私はその状態で乳飲み子と育ち盛りの小学生を育てなければならず、実家に身を寄せることになりました。こうした一連の出来事によって、自律神経失調症と突発性難聴を発症し、働くことができない期間もありました。何もかも信頼できず、今思い出しても人生のなかでつらい時期でした」
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なぜ、妖怪の刺青を彫るのか
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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