覚せい剤の幻影に追われて…生粋の愚連隊・メンチが去った“あの夏”【沖田臥竜が描く文政外伝~尼崎の一番星たち~】
その夏の激しさは、しんとゼロやんを連れていっただけでは終わらなかった。
その時は決して気づくことができなかったけれど、やはり狂っていたのだ。
狂ったような流れは、オレなんかがどう抗おうが、決して消しさるなんてできなかった。
メンチはホワイトブッチャーとともに、私の秘密兵器であった。常に修羅の中に身を置いている文政でさえ、
「兄弟はええやないか。ブッチャーとメンチがいとるのやから」
と事あるごとに口にしていたほどであった。
荒事には二人とも滅法強い。ま、逆に言えば荒事以外はからっきしなのだが……。
豆タンクのようなガッチリとしたホワイトブッチャーに対し、メンチは身長180センチ。体重90キロ。スピードもスイッチが入ればびっくりするほど早い。ブッチャーとは、幼稚園の頃からタッグを組んで暴れ回っていた。
一切、どこにも属さず愚連隊の生き方を好きなように貫いていた二人が、私の配下となったのは、私が所属していた組織に二人でケンカを売りにきたのが原因であった。ウチの人間とケンカになり、わざわざ事務所まで乗り込んできたのだ。
ブッチャーとメンチは、20人以上の男たちに囲まれても一歩も引こうとしなかった。私は、その風景を最後尾で眺めていた。
その日、二人は三度も事務所へとやってきた。三回目にやってきた時には、歩くのもやっとだったはずだ。
「お前らごっつい根性あるな」
思わず私は、声をかけていた。それが私と二人の出会いの言葉になった。
歳は私よりちょうど10歳上になる。
「お前らの根性はもう分かったから、次はケンカしに来んと、遊びに来いや」
私は、二人にこう声をかけて、その日はようやくおさまったのだった。
次の日から本当に二人は、毎日のように事務所に遊びにきはじめた。しょっちゅう揉め事を持参しながら。そして、いつしか私のことを二人揃って兄貴と呼ぶようになっていった。
「兄貴っ! ワシは兄貴の悪口なんてゆうてまへんでっ!」
ブッチャーと二人で、しんとゼロやんを偲びながら、杯を傾けているとメンチから電話がなった。
「兄貴でっか? パチンコ出てまんのかっ~?」
もちろん、私はパチンコなど打っていなかった。その旨を伝えようとすると、メンチは私の悪口を言っていないと強い口調で訴えはじめたのだ。
「ロッキーが『お前、兄貴の悪口いうとるやろ』ってしつこいんですわっ」
メンチは少し怒り口調でもある。ちなみに、私の周囲でロッキーと呼ばれている者はいない。さんざん私は、メンチに悪口を言っていないことを力説され、最後はやや怒り気味のメンチに一方的に電話を切られてしまった。どちらかと言うと、怒りたいのは他でもない私のほうだ。
切られた携帯電話を唖然と見つめていると、横で事の成り行きを聞いていたブッチャーが口を開いた。
「ロッキーでっしゃろっ」
なんとも言えぬしたり顔。
「なんや、ブッチャー知ってんのか。誰やねんロッキーてっ?」
私は尋ねた。
「あいつ昔から、シャブとハッパ、チャンポンさせると、ロッキーがきた! ロッキーがきた! 言い出しよりまんねん」
聞くんじゃなかった。ロッキーはメンチが生み出した、ただの幻覚ファイターだったのだ。
私は「なんじゃそれっ」と一言吐き捨てると、グロスに残っていたビールを一気に飲み干した。その時だった。店内の入口が開け放たれた。
自然、私は入口に視線を投げる。
「兄貴っ、すんません、、、」
汗まみれのメンチが息急き切って、立っていた。
「メンチ、どないしてん、、、」
メンチはもうロッキーのことを口にせず、ただただ禁じていた覚醒剤に手を出してしまったことを詫び続けた。
私は、もうやってしまったものは仕方ない。それよりもこのままウロウロさせてしまっては、警察に職務質問され逮捕されてしまうと考え、親元へと帰って覚醒剤を抜いてくるように告げた。メンチの親元は有馬温泉の直ぐ近くにある。そこで10日ほど過ごせば覚醒剤は抜けるはずだ。
メンチは神妙に頷くと、次の日から親元へと帰っていった。
途中、メンチから電話が鳴り「兄貴~、温泉入りにきなはれっ~」と連絡があった。その時の声は、いつものメンチの声色に戻っていたので、私は勝手に安心してしまっていた。
だが、きっかり10日後に事務所へと姿を見せた時のメンチは、明らかに顔色がおかしかった。
私は、メンチに早く帰って休むように促した。
「兄貴、元気になったら兄貴の運転手、ワシがやるからなっ。ワシがやるからなっ。ずっと一緒でっせ」
「メンチに運転手してもうたら、危のうて仕方ないわっ」
私は笑顔で返した。メンチもクスッと笑った。それが私とメンチの最後になった。
禁じていた覚せい剤に手を出したメンチ
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