“荒馬”と“喧嘩番長”のふたりのあいだでしか成立しない会話――フミ斎藤のプロレス読本#077【テリー・ファンク編エピソード2】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
“荒馬”テリー・ファンクと“喧嘩番長”ディッキー・スレーターが、友だちを何人か集めて池袋の居酒屋で飲み会をしていた。
友だちというのはみんなフツーのジャパニーズ・ピープルで、サラリーマン風の男性とか自営業っぽい男性とか、OLさん的なルックスの女性たちとかがなんとなくだれからともなく集まったような10人くらいのグループだった。
テリーやディッキーが何度も何度も日本に来ているうちに仲よくなった友人たちらしい。テーブルの上には生ビールの大ジョッキやおつまみ類が心地よさそうに並んでいる。和気あいあいとは、こういうシチュエーションをいうのだろう。
でも、よく耳をすませてみると、まんなかにいるふたりの話し声しか聞こえてこない。
荒馬と喧嘩番長は、合言葉をいくつも持っている。ふたりはブラザーのような関係だから、どちらかが“ツー”といえば、もうひとりが“カー”とくるようにできている。プロレスの試合で合体殺法を使うときのように、おたがいがおたがいのタイミングを知り尽くしている。
「グリム・リーパー(死神)がクローゼットから出てきたとさ」とテリーがいえば、ディッキーは「クローゼットから出てきたとさ」と答える。
「グリム・リーパーがはなしがあるんだとさ」
「はなしがあるんだとさ」
「オレたちゃあ、お前さんなんかに用はねえよ」とテリーがつづける。
「ああ、用はねえよ」とディッキーがくり返す。
「どうする?」
「どうする?」
「とっつかまえて、手錠かけて、クローゼットに投げ込んでやらあ」
「押し入れに突っ込んでやりゃあ、もう出てこれねえ」とディッキーが念を押す。
「死神なんざ、怖かねえ」
「死神なんざ、怖かねえ」
ここまでいうと、ふたりは手に持った大ジョッキを景気よくぶつけ合い、それから声高らかに「ワッハッハ」と笑った。
荒馬テリー、53歳。喧嘩番長ディッキー、43歳。たしかにこの人たちに怖いものなんてそんなにあるはずがない。
「エンジン全開」こんどはディッキーが切り出した。
「オーケー、エンジン全開」とテリー。
「踏切がカンカン鳴ってるぜ」
「踏切がカンカン鳴ってらー」
「おっ、列車が来たぜ」
「ええっ? 列車が来たって?」
「かまうこたねえ、走っちまえ」
「かまうこたねえ、走っちまえ」
ふたりはまた大ジョッキをぶつけ合い、いっせいのせで「ワッハッハ」と笑った。
合言葉といえば合言葉なんだろうけれど、突きつめていけば、その奥にあるメッセージのようなものは荒馬と喧嘩番長の生き方ということになるのだろう。
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