ホーレス・ボウダーが目撃した“川崎ファッキン球場”――フミ斎藤のプロレス読本#097【Tokyoガイジン編エピソード07】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
ホーレス・ボウダーはいつもドレッシングルームの奥のほうからメインイベントのリングをみつめている。
試合会場に入ると、まずふだん着のジーンズとスニーカーを脱いで試合用のブラック・デニムに脚を通し、それからリングシューズのヒモを結びはじめる。ふくらはぎの上のほうまであるロングのブラック・ブーツをきっちりと履くにはそれなりのコツがある。
ほんのちょっとだけウォーミングアップして、それから壁ぎわのイスに座ってこれからはじまる試合のことをあれこれ考える。出番が来るまでにそれほどの時間はかからない。
試合が終わるとタオルでざっと体をふいて、次の次あたりの試合を観るために通路に出る。自分よりもあとからリングに上がるレスラーたちの試合はちゃんとチェックしておくことにしている。
ずいぶん遠くのほうにあるリングの上では、テリー・ファンクが大仁田厚のパワーボムを食らっていた。有刺鉄線電流爆破の“バリバリバリッ”、地雷の“ボンッ”、時限爆弾の“ドッカーン”がスローモーションみたいに感じられた。
ホーレスの叔父貴は偉大なるスーパースターである。みんなはすぐにそこに結びつけたがるけれど、ホーレスがプロレスをやろうと決心したのはハルク・ホーガンのようになりたかったからではない。
だから、叔父と甥のあいだには師弟関係みたいなものはないし、いっしょにロードに出たことだっていちどもない。ほんとうの親せきだからサンクスギビングデーやクリスマスにはおばあちゃんの家で顔を合わすこともあるが、それはそれだけのことでしかない。
叔父貴は、ホーレスの18歳の誕生日に乗り古しの“ブルー・コンチネント”をプレゼントしてくれた。ダッシュボードのすぐ下にはごつい骨とう品のような8トラックのカーステレオがついていて、叔父貴は自動車といっしょにダンボールいっぱいの8トラック・カセットを置いていった。
ホーレスはダンボールの底からZZトップのテープをみつけて、それを毎日のように聴いた。もうちょっと仲よくなれたらいいな、と思ったのはたぶんあのときが最初で最後だった。
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