コンドームを買わせてくれないドラッグストアで飾る、有終の美――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第8話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第8話】ドラッグストア・カウボーイ
それは簡単な仕事のはずだった。
ちょっと遠い町まで新幹線で行き、工作機械のデモ機を展示会に持っていく、それだけの仕事だった。ブースにやってきた業者に対しニコニコしながら説明をし「こんな動きができるんです、これを買っておけば間違いありません」と言うだけ、とても簡単なものだ。
「誰にでもできる仕事だろう」
そう言われて任された仕事は本当に誰にもできそうだったけど、なんと、僕にはできなかった。
前日入りしたビジネスホテルの部屋でストロングゼロ(ダブルレモン味)を飲みながらその工作機械を眺めていたら、妙にそのギミックが気になった。
「ここ、すごく凝った動きするんだな」
そう思いながらアーム部分に手をかける。すると、バキンと音を立ててアームが折れた。
「うっそ!」
バキンである。カルシウム不足の子供の骨のように簡単に折れた。不良品じゃないか、これ。いくらなんでも強度がなさすぎるだろ。
とにかくパニックになり、動かしてみたけど、折れたアームの部分が空しく動くだけだった。もうそこにアームはないのに、機械はアームがあると思って動くのだ。なんだかその光景が妙に滑稽で、それでいてとても哀愁があった。
「すいません、折れました」
すぐに偉い人に電話をした。烈火のごとく怒られた。僕だったからまだいいけど、気が弱い人だったら自殺するんじゃないかという勢いで怒られた。
ただただ悲しかった。誰にでもできる簡単な仕事が僕にはできなかった。ただただそれが悲しかった。
そこから何か別の偉い人が電話してきて、とにかく応急処置をして展示会に出すように厳命された。応急処置の仕方を教えてもらったのだけど、何か強いゴムが必要みたいだった。瞬間接着剤でくっつけたうえでゴム補強でなんとかなるらしい。なんとか瞬間接着剤は持っている。くっついた。
続いて持っていた輪ゴムで応急処置をしてみたが、ここからが難しかった。すぐにバチンと千切れてしまうのだ。途方に暮れた。もっと強いゴム状の物、それで補強しないと僕の命はない。グルグルと絶望という文字が頭の中を駆け巡っていた。
「コンドームだ……!」
もうそれしかない、そう思った。あれなら強度も申し分ないし、弾力もかなりある。幸いなことに、ビジネスホテルの窓からドラッグストアらしき看板が見える。そう遠くなさそうで、歩いていけそうだ。買うしかない。コンドームで補強するしかない。すぐにホテルを飛び出した。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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『pato「おっさんは二度死ぬ」』 “全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"―― |
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