更新日:2022年05月06日 22:18
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首は頭を支え、手首は手を支えている。では乳首は何を支えているのか?

おっさんは二度死ぬ 2nd seasonおっさんは二度死ぬ 2nd season 【乳首が支えるものは】

「夢」「希望」は逃げの言葉?

 人生の指針として夢や希望を持つことはとても大切なことだ。それは間違いないだろう。けれども、これらは往々にして逃げの言葉としても使われることがある危険な言葉なのだ。 「夢だから」  そう言っておけば、なんでも許される風潮みたいなものはある。ある傍若無人な振る舞いによって周囲に迷惑をかけたとしても、長年の夢だったから仕方がない、長年の夢だもんね、などと納得させようとする見えない力が作用する。 「夢を持て」  とにかく、助言をしたほうがいい場面なのに何も適切な言葉が浮かんでこない時、そうアドバイスすることだってある。こう言っておけば大きな間違いではないだろう。そんな思惑が透ける。これも立派な逃げだろう。 「希望があるさ」  本当は見通しが暗く、希望もクソもあったものじゃない場面においても、なんか前向きなことを言った方が良さそうだと、心にもないことを言うことがある。  夢や希望といった言葉はキラキラしている。それは憧れや指針といったポジティブな意味合いがある反面の作用がある。その眩いばかりの輝きは、その瞬きで何かを隠すことにも向いている。眩さは目隠しだ。だから逃げの言葉として用いられるのだ。  そういった逃げの言葉を安易に使用することは、ときに重大な悲劇をもたらすことがある。これは、おっさんたちが集うある飲み会で実際に起きた悲劇だ。

それは、オーダーメイドスーツを注文したおっさんを祝う謎の会だった

 その日は、おっさん仲間である辰吉さん(通称:百目のタツ)がオーダーメイドスーツを購入したことを祝う飲み会だった。ちょっとよくわからない祝いだけど、とにかくそういう趣旨の飲み会だった。 「ありとあらゆるところを測定するわけよ」  タツさんはハイボールのジョッキを傾けながら興奮気味にそう語った。採寸がかなり細部にまで行われたことに驚いた様子だった。タツさんは、かわいがっていた姪が結婚するらしく、とても上機嫌だった。そして、恥ずかしい格好で結婚式にいくわけにはいかないとオーダーメイドスーツを購入するに至ったのである。 「いいなあ、俺も作ろうかな。最近、首回りがきつくって、そこだけめちゃくちゃ大きいやつ作ってほしい」  なんこつの唐揚げを口に放り投げていた遠山さんがそう言った。学生時代に何らかの格闘技をやっていた遠山さんは確かに首が太かった。多摩に舞い降りたスコットノートンの異名は伊達じゃない。 「首回りを太く作る必要があるのってシャツじゃないですか」  僕のツッコミが冴え渡る。スーツ自体は首を絞めつける構造にはなっていない。首回りを苦しくしているのはYシャツだ。必要なのはオーダーメイドスーツではなくオーダーメイドシャツなのである。  遠山さんは出先でYシャツを汚してしまい、こりゃもうダメだと急いで紳士服店に駆け込み、既製のYシャツを購入したことがあるそうだ。他はどうでもいいからとにかく首が太いやつを探して購入したけど、それでも首回りがきつかった。  なんとか商談中だけもてばいいと我慢して取引先に向かい、その商談の真っ最中に首回りが弾け飛んだ。それはまさに怒った時に服が破れるアニメの主人公のようだったと遠山さんは語る。 「いいじゃねえか、ちゃんとした仕事があるんだから。俺なんてもうすぐクビだよ」  やさぐれた感じで反応したのが浅井さんだった。浅井さんは仕事をすぐに辞めてしまう傾向があって、会う度に仕事が変わっている人だった。今もどこかで働いてはいるようなのだけど、そろそろ辞めそうな気配を漂わせている、そんな人だった。
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場の流れを変えるために僕がは雑学を持ち出した
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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