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「俺、もしかして間違った場所に来ちゃった?」――46歳のバツイチおじさんはヨガの総本山で途方に暮れた〈第37話〉

「よし、そろそろアシュラムに向かうか!」 20キロのバックパックを背負い、インドの電車に飛び乗り南へ向かった。 トリヴァンドラム駅に到着すると、相も変わらずたくさんのリキシャドライバーが寄ってくる。

南インド・トリヴァンドラム駅のホーム

トリヴァンドラム駅周辺 

ニヤルダム村行きのローカルバス

彼らをかき分け、インド人特有の偽情報を精査しながらローカルバスステーションを探した。そして、バスに乗ると、3時間ほどかけ山奥のあるニヤルダムという村のシヴァナンダ・アシュラムに向かう。小さな村をいくつも越えると、もうそこはインドの山奥だった。またもや昭和ヒーローアニメ『レインボーマン』の主題歌を思い出した。 「♪インドの山奥で~修行して~ダイバダッタの魂やどし~」 今度こそ本当にインドの山奥で修行だ。ニヤルダム村の無人のバス停に降り立つと日は暮れかかっていた。そこは鬱蒼とした深緑に覆われていて、暗がりの大自然が荘厳すぎて怖い。 看板を発見すると国立自然公園と書いてあり、その一角にヨガ・アシュラムは建っていると記されている。 グォオオオオオ~ 聞いたことのない動物の鳴き声が聞こえてきた。もう一度看板を見ると、この自然公園にはライオンがいると書いている。どんなとこなんだよ、ここ……。 「るりちゃんのヨガへの想い、ガチだ。こんなとこに一人で来るなんて」 それからオフラインでも使える地図アプリmaps.meを頼りに山道を20分近く歩いた。すると、山道にそれらしき門を発見。看板には「シヴァナンダ・アシュラム」と書いてある。修行場は長い階段の上のほうにあるようだ。 「香港映画の『少林寺』みたいだな。本格的すぎてちょっと引くわ」

シヴァナンダ・アシュラムの正門。そこはかとなく少林寺感が漂う

看板を前にして、身が引き締まった。 そして今一度気合を入れ直し、道場破りの気分でアシュラムの門を叩いた。 階段を上がると受付のような場所がある。そこで着替えの洋服だけを残し、財布やパスポートを含めたすべての荷物を預ける。金額は食事やヨガ、宿代のすべて含め一泊700ルピー(1208円)。日本のヨガスタジオに比べたら格安だ。そして黄色いパステルカラーのTシャツを着たスタッフから二週間分のスケジュールの説明を受けた。ちなみに1日の基本スケジュールはこんな感じだ。 5:30 起床 6:00~7:30 サットサンガ(瞑想、チャンティング※全員でヒンデゥー教の神様に歌を唄う、講話) 7:30~ ティータイム 8:00~10:00 アーサナ(実技&講義 正しいプラナヤーマ※呼吸法で体と心を整える) 10:00~11:00 ブランチ (栄養バランスの取れた菜食の食事) 11:00~12:00 カルマヨーガ(分担制の奉仕活動) 12:00~13:30 バガバット・ギータ(サンスクリット語で書かれたヒンデゥー教の聖典の勉強)と個人レッスンクラス 13:30~ ティータイム 14:00~15:30 メイン講義(英語でのヨガ哲学・歴史・サンスクリット語の授業) 16:00~18:00 アーサナ(実技&講義 正しいプラナヤーマ※呼吸法で体と心を整える) 18:00~  ディナー 20:00~  サットサンガ(瞑想、チャンティング※全員でヒンデゥー教の神様に歌を唄う、講話) 22:00 消灯 朝5時30分から夜22時までずーとヨガ漬けの生活だ。バルカラビーチでアンジュに教わっていた1日4時間のヨガでもヘトヘトだったのに、なんだこの生活は……。 スタッフに男子合宿所へと案内される。蚊帳付きの簡易ベッドに荷物を置き、早速るりちゃんを探しに行った。 だが、いくら探してもるりちゃんの姿は見当たらない。 小一時間ほど探しても見つからない。 おかしい。こんな狭い場所なのに……。 「俺、もしかして間違った場所に来ちゃった?」 るりちゃんがいなければ、ここはただのストイックすぎるヨガ道場だ。 しかも、しっかり散髪までしてしまっている。 ヨガはたしかに好きだけど、散髪したてのおじさんが朝から晩までヨガをやってる場合ではない。 俺は恋する旅人。髪を黒く染めて20歳若くなった恋の狩人だ。 ここまできてるりちゃんに会えなかったら、いくらなんでもかっこ悪すぎる。 そう考えると、もはや不安と恐怖しかなかった。 るりちゃんを探して敷地内を歩いていると、大きな講堂のような建物の中から人生で一度も聞いたことのない「奇妙な歌声」が聞こえてきた。歌声に導かれるように、数人がそこに入っていく。彼らについて行き、恐る恐る中に入ってみると……。 屋内は真っ暗闇で、その一角で火が焚かれていた。何かの儀式が行なわれているようだ。顔に白くペイントをした30代くらいの男が半裸で腰に白い布を巻き、床に描かれた魔法陣のような記号の前で祈祷をしている。周りにはパステルカラーのTシャツを着た40人ほどの白人男女と、宗教衣装を着た10人近くの男性がその横で鎮座し祈祷を行っていた。 「何だここは……」

ヒンディー教のお祈り。不思議な模様を描く

火を焚いて祈祷をする人

立っているのが俺一人だったため音を立てないように座り、儀式の様子をじっと見つめた。半裸の男は呪文のようなものを唱え、火に何かをくべ始めた。すると、火は大きな炎に変わり、インドの古典楽器で奏でられた音楽が始まった。 その音楽に合わせ、周りにいる西洋人が同じ歌を唄い始める。大合唱だ。すると、手元に英語とヒンディー語で書かれた歌詞カードが回って来た。周りを見ると大部分の白人はその歌詞カードを見ながら歌っている。 「郷に入れば郷に従えだ!」 俺は見よう見まねで大きな声で歌ってみた。 すると、何人かの白人がこちらを見てクスリと笑った。 俺は胸を張ってさらに大きな声で歌い続けた。 しかし、歌えども歌えども、歌の時間が全然終わらない。 るりちゃんを探しに来たのに、なんで俺は奇妙な歌声に参加しているのだろう。 そう我に返りそうになったが、とにかく歌に集中した。 気づけば1時間がたっていた。 「歌い終わるとるりちゃんが奥から出てくる!」 そんなサプライズがあるわけでもなく、集団で一番偉そうな60代くらいの白人男性が英語で何やら講釈のようなもの始めた。そして、講釈が終わると「オン ナマ シバーヤ」と言い、瞑想が始まった。 すると全員が一斉に目をつぶり瞑想を始めた。俺も目をつぶり瞑想をした。 瞑想はさらに1時間近く続き、終わりの合図がかかると、今度はまた歌を唄い始めた。パンフレットに書いていたサットサンガと呼ばれるもので、ヒンデゥー教の神様、シバにお祈りを捧げる歌らしい。10曲ぐらいの歌が終わった後、シバにお祈りを捧げ解散となった。 参加者の中でるりちゃんはいないか探してみたが、やはり見当たらない。 男子合宿所に戻って、ネットでメッセージを送ってみよう。 しかし、Wi-Fiのシグナルがない。るりちゃんが本当にここにいるか、確かめられない。 「ほんとに、アシュラムを間違えたのかな……」 俺は途方に暮れた。そして、やたら俺に興味を持って話しかけてくる、体重100キロ近くある太っちょのインド人に聞いてみた。

人懐っこく話しかけてきた太っちょのインド人(左)

俺「ここ、インターネットって繋がらないの?」 太っちょ「うん。1日1時間ぐらい使えるけど、使ってる人ほとんどいないよ。ヨガ・アシュラム来てるのにネットする意味ないじゃん」 俺「……まぁそうだよね。明日の予定ってどうなってるの?」 太っちょ「朝5時半に起床して、サイレントウォーキングで数キロ先の湖に行くよ」 俺「朝はぇーな」 太っちょ「お前、ここは修行場だぞ。気合いれろよな」 俺「そうだな。悪い悪い」 太っちょ「夜10時が消灯の時間だ。もう寝るぞ。お前、寝坊すんなよな!」 今はあれこれ考えても仕方ない。一旦寝よう。俺は目をつぶった。 ぷーーーーん。 蚊の音だ。しかも、やたら多い。 殺生禁止だから蚊取り線香も炊けない。 どこかに穴が空いてるのか、セッティングに失敗したのか、蚊帳の中にも蚊が余裕で紛れ込んでくる。 なんなんだぁぁぁ! まぁいいや。これも運の流れだ。 流れに身を任せよう。 もう少しヨガの世界の奥まで入り込んでみるチャンスだ。 こんな太っちょインド人だってやれてるんだから大丈夫。 そう自分に言い聞かせ眠りについた。

シヴァナンダ・アシュラム男子合宿所の蚊帳付き簡易ベッド

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翌朝5時。起床の合図で電灯がついた。
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