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「公」のために「国」と戦うことだってある!――小林よしのりインタビュー

 小林よしのり氏が『週刊SPA!』で27年ぶりに『ゴーマニズム宣言』を復活連載することが、先日発表された。小林氏と『週刊SPA!』には深からぬ因縁があったはずだが、実は今をさかのぼること3年前。2015年6月9日号で、小林氏は16年ぶりに『週刊SPA!』に登場している。来週、4月3日に『ゴーマニズム宣言』が復活することを記念し、当時のインタビューを加筆修正した前編「『戦争論』を“誤読”した一部の連中がネトウヨになった」に続き、後編をお届けする!

 さて、『戦争論』は現在の日本の空気に連なる変化を与えたが、’01年に刊行した『戦争論2』で論壇の風向きが一変する……。

 9.11米国同時多発テロを受けて、同書の冒頭には、貿易センタービルに突っ込むジャンボ機の映像を見て「その手があったか~~っ」と快哉を叫ぶ小林氏自身が描かれ、国際テロ組織・アルカイダに一定の共感を表した。これに保守論壇が異を唱えはじめたのだ。

『戦争論2』より

「正直、反発が起きるとは夢にも思わなかった。原爆を落とされ、国土を焼け野原にされた恨みを組み込まれたわしにすれば、率直にどこか気持ちよかったんです。自分のなかの反米感情が、思わず噴き出した瞬間でしたし、同じ日本人ならこうした感覚は当然、共有できると思った。ところが、保守言論人が取った行動はアメリカべったりの、まさに“ポチ保守”のそれだった……。

 そもそもわしは、『新しい歴史教科書をつくる会』をはじめ、保守論壇の知識人は自主独立、自主防衛を目指す独立心のある人たちだと思ってました。でも彼らは、アフガン戦争もイラク戦争もアメリカが正しいと、対米追従の姿勢をとったから、わしはすごく怒って、そんなバカらしいところから出ていった。今、保守を名乗っているのは、日本の自主独立なんて露ほども考えない“自称・保守”ばかりで、アメリカの侵略戦争を肯定している。わしは、防衛戦争は肯定するが、侵略戦争は絶対にいけないという当たり前の感覚でしかものを言ってないんですよ」

 ’02年、小林氏は「つくる会」を脱退。保守論壇からの批判が強まるのに呼応するように、この頃からネトウヨも彼を攻撃しはじめた。だが、こうした現象の原因は、『戦争論』の誤読にあると小林氏は冷ややかだ。

「作品に描きましたが、『戦争と平和』という言葉があまりに広まった結果、あの頃の社会は『戦争の反対は平和』という誤った捉え方をして、ものが見えなくなっていた……。戦争は外交の一手段。だから、戦争の反対の“手段”は、交渉です。一方、平和は状態を指す。だから、平和という“状態”の反対は、無秩序。こうしたものの見方ができなければ、後のイラク戦争の本質は見えてこない。

 アメリカは戦争という“手段”を仕掛けてフセイン政権さえ崩壊させれば、戦争の反対である平和が訪れると考えた。日本の保守派もそこを誤読して、イラク戦争後は平和になると声高に主張したが、現実には今も続く泥沼の無秩序に陥ってしまった……。

 ただ、今描いている『大東亜論』と『戦争論』はちょっと衝突する部分がいずれ出てくるのは事実。当時の日本の政策をすべて肯定するには齟齬が生まれてしまう……。だから、今『大東亜論』でやっているのは、あの戦争はどこで引き返すことができたのか? 何が間違っていたのか?という検証の作業でもある。とはいえ『戦争論』で描いたことは、あの時点では間違ってはいない」

大事なのはバランス。“左傾化”に非ず!


 ネトウヨは小林氏を「聞く耳を持たない」と非難するが、実は、たびたび自作の誤りを検証し、作中で謝罪・訂正することも多い。強気な物言いとは裏腹に、表現者として真摯な姿勢と言っていい。だが、保守論壇やネトウヨからは「左傾化した」「立ち位置がブレた」との批判が今も根強い……。

「思想的な立ち位置が変わったというより、むしろSPA!で描いていた頃の感覚に戻りつつある。つまり、当時も言われたように、サヨクであり、あるいはマッチョイズム。そんなわしに対して、自称・保守の連中は転向とか変節とか批判するが、大事なのは保守をどう捉えるかという視点です」

 では、小林氏がいくつかの“変遷”を経て到達した、“真の保守”が守るべきものとは何なのか?

「もともと保守が守っているのは、日本の国柄。それをわしは尊皇攘夷と考える。天皇が嫌がることはしたくない、というのが本来の保守のあるべき姿。ところが、自称・保守は主権回復の日に記念式典の開催を強行し、天皇皇后両陛下の前であろうことか『天皇陛下万歳』を三唱した。この日は沖縄にとっては、本土復帰から取り残された屈辱の日でもある。両陛下は沖縄を非常に気にかけているのに、自称・保守はいわば苦痛を与えたわけです。彼らは尊皇でないばかりか、むやみにアメリカに追従しているので攘夷でもない。夷狄に従う“従夷”と言っていい。

 江戸末期の尊皇攘夷は、外国人が入ってきたら排外主義的に斬り殺せ、という人だけではなかった。彼らはアメリカの砲艦外交で開国を迫られたが、決して降参したわけではなく、開国して富国強兵の道を歩み、不平等条約を撤廃させるには欧米列強よりも強くならなくてはいけないと、開国の先を見据えた攘夷だったわけです。

 ところが攘夷というと、『在日は出ていけ!』と誤読するネトウヨがまた出てくる……。そもそも、この国に住んでいる人たちは『夷』ではないし、在日に文句を言うのは筋違い。尊皇攘夷のいいところは、『公』の象徴である天皇を尊ぶ点にある。尊皇である限り、公共心に反するわけにはいかなくなる。排外主義で在日を差別して、天皇が喜ぶのかということです」

 振り返れば、小林氏は一貫して公共心を重視してきた。そして、新著(『新戦争論』)では、こう言うに至っている。「『国』と『公』はズレることが多い!『国』か?『公』か? と問われたら、わしは『公』に付く!『公』のために『国』と戦うことだってあるだろう!」と。

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『戦争論』から17年。『新戦争論』執筆の理由

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4月3日発売の『週刊SPA!』は『ゴーマニズム宣言』復活祭と題して、漫画のほかさまざまな特集をぶちぬき17ページでお届けする。
週刊SPA!4/10・17号(4/3発売)

表紙の人/ 小林よしのり

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