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聖水、人妻、上戸彩。おっさんの風俗失敗談は、なぜ心打たれるのか――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第6話>

人妻風俗好きの横瀬さん

「わたくしは昼しか呼ばないんですわ。人妻は昼に呼べないとだめ、夜に出勤している人妻ってなんだよって思わないこともないんですが、基本的に嫁がうるさいんで昼間にしか呼べないんですわ。家庭持ちの辛いところです。でも夜の子も気になるでしょ?」 「なるなる」 「同じ店なのに別世界」  横瀬さん、なんかすげえ説得力あるのな。本当に政治家とかじゃないんだろうか。 「そこで、うちの妻が何日か友達との予定があって夜にいなくなるっていう期間がありましてね、これはチャンスだ、ここで夜のコを呼べるって思ったんです」 「僥倖だ」 「キタコレ」 「吟味に吟味を重ねて、夜しか出勤のない人妻を選びました。なんでも新人ですが評判は良い様子、店に電話してホテルで待ってる間、ドキドキしましたね。夜に呼んでる、昼間じゃない、夜のコを呼んでる、こんなに胸が高鳴ること、何年ぶりでしょうか」  いつの間にかオーディエンスは黙って聴き入っていた。横瀬さんは人を惹きつける話し方をするのだ。僕も黙って聴き入っていた。 「いよいよ人妻が来ました。コンコンとドアをノック。胸が爆発しそうでした。夜の、知らない世界の人妻ですよ。部屋はあらかじめ絶妙にダウンライトされています。さあ、ドアを開けました!」 「開けました!」 「どうなった!?」  強張った空気が満たされているのが分かった。この個室と隣の個室、そこだけ異次元の緊張感が密度の高い液体のように満たされていた。誰もが横瀬さんの次の言葉を待った。横瀬さんが十分に間をとった後、一段と低い声で漏らした。 「うちの嫁が来ました」 「あらま!」 「うそー!」 「そりゃ困ったねえ」  人妻デリヘルを呼んだら嫁が来たという横瀬さん、内緒で働いていた嫁に対する怒りをお持ちなのか、それともそういった風俗遊びが嫁にバレてしまった嘆きの気持ちをお持ちなのかと想像したら、そうではないらしい。彼の感情はもっと別の場所にある。 「人妻って『他の人の妻』って意味じゃないんですか。なのに人の妻ではなく自分の妻が来る。本当に人妻店は嘘ばかり」  もう何が正義で何が悪なのかすら分からないな。  こうして、横瀬さんの衝撃の失敗談で締めくくられた会合は終わったようだった。  風俗の失敗談は僕らの心を打つ。そこには真摯な思いがあるからだ。徳永さんの上戸彩、三橋さんのおしっこ、横瀬さんの人妻、愚かなまでに真っすぐな思いがそこにある。その上での失敗は愚かではなく美しい。  その真摯な思いを見せれば必ず通じ合えるのだ。 「すいません、緊急な連絡でして」  席を外していた部下っぽい人がそう言って不機嫌な果実を引き連れて戻ってきた。相変わらず偉いおっさんは機嫌が悪そうだ。 「そうそう、これは僕も聞いた話なんですけど、聖水のオプションってご存知ですか?  これがですね……」  きっと、僕らは通じ合える。きっと通じ合える。  個室の窓から見える新宿の夜景がずいぶんと綺麗だった。この明かりの元で今もどこかのおっさんが風俗で失敗しているかと思うと、なんだか安からかな気持ちになってきたのだ。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) (ロゴ/マミヤ狂四郎)
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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