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『男子ごはん』ケンタロウ奇跡の回復…事故・大病に見舞われた芸能人と、その復帰ストーリー

 2012年、バイクを運転中に首都高のカーブを曲がり切れず、6メートル下に転落する事故を起こした料理研究家のケンタロウ(46)を覚えているだろうか。一命はとりとめたものの高次脳機能障害が残り、一時はコミュニケーションすら取れない状態にあったが、現在は足漕ぎ式の車椅子を自ら操作するほどの奇跡的な回復っぷりを見せているそうだ。

 事故によってケンタロウは自身の料理番組『男子ごはん』(テレビ東京系)を降板することとなったが、いまだに彼の復帰を望む声は根強い。今回はそんなケンタロウを応援する意味も込めて、大事故や大病に見舞われながら、見事な復帰を遂げた芸能人たちを紹介していきたい。

ケンタロウ

料理研究家として、さまざまな料理本を出版していた(画像は講談社刊『ケンタロウ「魚!」ムズカシイことぬき!』より)

千原ジュニア:バイク事故


 お笑いコンビ「千原兄弟」のメンバーである千原ジュニア(44)も、かつてバイクで大事故を起こしている。ジュニアが事故を起こしたのは2001年3月のことで、タクシーとの衝突を防ぐために急ハンドルを切ったところ、そのままのスピードで顔面から石柱にぶつかる形となった。全身ボロボロではあったが、特に顔面の損傷はすさまじく、鼻は曲がり、おでこの神経は切れ、眼窩低骨折によって目玉が飛び出てぶら下がっていたという。

 無事に手術は成功し死の淵から生還するも、顔面が変わり果ててしまったことで、一時は表舞台から去ろうかとも考えたそうだ。しかし東野幸治(51)を始めとする芸人仲間たちからの励ましもあり、チタンプレートを12枚入れる大手術によって顔面を復元させ、再び表舞台に復帰した。

 ちなみに事故当時、彼の相方で、実の兄でもある千原せいじ(48)は、ホステス同伴の酔った状態で病院に現れたらしい。しかし「ジュニアはお笑いに必要な存在だから、お笑いの神様が生かしてくれた」と考え、誰よりもジュニアの復帰を強く信じて待っていたのも、せいじだったそうだ。

千原ジュニア

2008年に出版されたジュニアの自伝小説『3月30日』では、15歳でお笑いの世界に飛び込んでから、バイク事故に遭うまでのことが淡々と綴られている(画像は幻冬舎よしもと文庫刊『3月30日』より)

星野源:くも膜下出血


 歌手として活動しつつ、2016年にはドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)で主演を務め、俳優としても大ヒットを飛ばした星野源(37)。彼は2012年12月、くも膜下出血で倒れている。手術は無事に成功したものの、三日三晩、爆発的な頭痛に襲われた星野は、いっそ死んでしまいたいとも考えたそうだ。

 辛いリハビリに耐え、2013年2月に無事ステージへと復帰した星野を待ち受けていたのは、再発による二度目の手術と、一度目より苦しいリハビリ生活だった。2回もの壮絶な闘病生活を乗り越えた星野は、そこから得られた独自の死生観を楽曲などに落とし込み、唯一無二のアーティストとして絶大な人気を誇っている。

星野源

「美人の看護師に座薬を挿入されて興奮した」など、星野の闘病生活は、下ネタとユーモアを交えた形でたびたびラジオなどでネタにされている(画像はラジオ番組『星野源のオールナイトニッポン』公式サイトより)

ビビる大木:背骨骨折


 お笑い芸人でありながら、司会や俳優としてもマルチな活躍を見せるビビる大木(44)も、過去に背骨を折る事故に遭っており、あわや下半身不随となるところだったそうだ。

 その事故は1998年、深夜番組『マチャミの全部いただきっ!!』(日本テレビ系)のスキー場ロケ中に起きたもので、乗っていたソリの勢いが止まらず、コンクリート壁に激突したらしい。大木は背骨を骨折したが、ソリに同乗していたお笑いコンビ「ビビる」の元相方・大内登氏(44)もまた、脳挫傷を3箇所起こし、一時意識不明の重体だったとか。

 実はこのロケ、両氏は事前にソリの操作方法も教えてもらえず、また見栄えが悪いからとヘルメットも付けさせてもらえなかったらしい。大木はその後芸能界に復帰するが、大内氏はこの事故で思うところがあったようで、2002年に芸能界を引退している。

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「Mr.Children」の桜井和寿が小脳梗塞

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