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ネイマールが“性的暴行”疑惑…性的事件から復活をとげたスポーツ選手たち

菊地直哉:淫行容疑で逮捕から日本代表へ

 2003年にジュビロ磐田へ入団し、中盤を支えるレギュラー選手として活躍した菊地直哉は、2007年に15歳の女子にわいせつな行為をしたとして逮捕され、起訴猶予処分となった。  これにより磐田から解雇され、日本サッカー協会より1年間の選手登録停止処分を受けた菊地は、ドイツへ渡ることに。当時ブンデスリーガ3部に属していたチームと契約し、プレーを続けることとなった。  ドイツでの活躍ぶりが認められた菊地は、2009年に大分トリニータと契約し、Jリーグに復帰。復帰試合の前には、関係者やサポーターへ謝罪し、一連の騒動にけじめをつけた。2010年には、日本代表に初選出され、選手としてのステップアップも果たしたのである。

中山裕章:幼児へのわいせつ行為で逮捕からオールスター出場

 桑田真澄と清原和博の「KKコンビ」を擁するPL学園と甲子園で熱闘を繰り広げ、高校生時代から注目を集めていた中山裕章。1985年ドラフト1位として横浜大洋ホエールズに入団して以降、ある年には開幕投手を任されるなど、なかなかの活躍を見せていた。…が、1991年末に、幼児に対してわいせつ行為に及んだとして逮捕されたのだ。  事件は示談となったものの、所属球団から解雇されてしまった中山。球界に与えた衝撃は大きく、当時のセ・リーグ会長が、彼が更生するまで、全球団無期限で選手契約しないようにと要請を出すまでの事態となった。  球界復帰はかなり困難なようにも思えた中山だが、更生のため、坊主姿で寺へ修行に行くなど、深く反省した様子が周囲に認められたのか、復帰を望む多くの署名が集まることに。ファンの後押しのおかげもあり、晴れて球団との契約が認められることとなった。  1993年に中日ドラゴンズの球団職員となった中山は、打撃投手を務めながら、プロとしての体づくりを開始。翌1994年には、支配下選手としての契約を勝ち取り、以後10年間、中日と台湾球界で腕を振り続けた。1996年には、オールスターにも選出されるほどの活躍を見せた。  ――性的な事件を起こし、キャリアに傷をつけてしまったものの、復活を果たしたスポーツ選手をご紹介してきたが、いかがだっただろうか。冒頭に紹介したネイマールは、まだ疑惑の段階だが……今後どうなるのか。その展開を、注目して見守っていきたいところだ。<文/後藤拓也(A4studio)>
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