ライフ

お酒の国に住む妖精ちゃんの正体は「女版セクハラおじさん」――酔いどれスナック珍怪記

「ねぇ! 歌っても! いいですか~!?」 「いいよ! 早く歌ってよ! 桜田ちゃんウェーイ!」  よくわからない許可待ちノリが面倒になってくるとこちらの対応も雑になる。どうでもいいからとりあえず歌ってくれ。しかし彼女はデンモクを前にしたまま微動だにしない。誰かが曲を入力してくれるのを待っている。酔っているので細かい作業(?)ができないのだ。というかもはや字が読めない。なので皆放っておく。 「ほら桜田ちゃん、もう自分でカラオケも入れられないんでしょ! そんな風になっちゃうなら明日からは……」  ワイン飲むの禁止だよーーとマスターが言いかけたところでその叫び声は飛んでくる。 「なにゆえ――っっ!??!」  店中に響き渡るその声に、慣れた常連以外はみんな動きを止める。 「マスター! なにゆえですか!?」 「なにが!?」 「なにゆえですか!? わたし! 伊達じゃないんで!」 「はい?」 「わたし! 伊達じゃないんで!」 「何がだよ!? ていうかお前伊達の意味わかってんのか!?」 「えっ!? どういう意味ですか!?」  もはや何の会話なのかよくわからない。漫才か? あらゆる酔客の扱いに長けたマスターをも参らせる、流石の桜田ちゃんクオリティである。 「なにゆえ」は何か気に食わないことがあった時の彼女の口癖だ。今回は、誰もカラオケの曲を入れてくれなかったのが面白くなかったのかもしれないが、別に自分に関することでなくとも彼女は叫ぶ。例えば、隣に座る若者が他の女性を口説いていたりしても、椅子の高さを調節したりしても、パスタを食っていたりしても、その都度「なにゆえ」を連呼する。  ピンクのTシャツにオーバーオールという、年齢のわりには子供っぽい恰好が妙にしっくりくる彼女だが、据わった目で奇声を上げる姿はほとんどチャッキー。片手に包丁を持たせたらさぞかし良く似合うだろう。
次のページ right-delta
若いサラリーマンが三人入って来て…
1
2
3
4
おすすめ記事