更新日:2023年03月28日 10:22
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お酒の国に住む妖精ちゃんの正体は「女版セクハラおじさん」――酔いどれスナック珍怪記

 スナック業務において、席の采配というのは意外に難しい。誰をどこに座らせるか、誰の隣なら良いか、誰の隣はダメか。配置によってその日の盛り上がり方とカウンター内の業務のやり易さがだいぶ変わってくる。  桜田ちゃんはその席采配における飛び道具だ。なので若い男が来店した時、まずマスターとわたしは、その若者は彼女に近づけて大丈夫なタイプかそうでないかを判断しなければならない。上手くいけば盛り上がる。下手すれば最悪帰られる。 「マスター! 三人に一杯ずつ、わたしからの奢りで~!」 「桜田さん、あざーっす!!」  陽気な声を聞く限り、どうやら今日は大丈夫なようだ。それでもマスターの顔は大丈夫ではない。笑顔を作ってはいるが、僅かに頬がひくついたのをわたしは見逃せない。理由はわかっている。ボックス席で繰り広げられている逆ハーレムを遠めに眺めている常連客たちもわかっている。 「ツケ払ってから人に奢れよ……」  マスターの気持ちを代弁するようにタッちゃんが小声で呟いた。そう。桜田ちゃんはツケで飲みに来る女なのだ。酔ってノリとテンションで人に酒を奢りまくったりボトルを入れたりする彼女の財布にはいつもお金が入っていない。  よって、冒頭で声高に「お会計!」と言いながらカウンターに叩きつけられた財布も意味がない。月末の給料日が来るまでは清算されないのだから。「わたし!きちんとお金払ってます!」というただのパフォーマンスなのである。みんな気付いてるけど。  色んな意見があるだろうが、わたしはそんな桜田ちゃんが面白くてたまらない。彼女のクローンがいたら、各飲み屋に一人ずつ配置したい。かまってちゃんを限界値までこじらせた彼女のような人種に出会えるのが飲み屋の醍醐味なのである。 「筋肉、触ってもいいですか~?」  生暖かい目で見守っているうちに、彼女が若者のシャツのボタンに手を掛け始めた。いよいよ尋常ではなくなってきたので止めねばならない。  今夜も、マスターとわたしはほんのり愛を込めて彼女に言うのだ。 「桜田ちゃん! ハウス!!!!」 〈イラスト/粒アンコ〉
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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