更新日:2023年03月28日 10:22
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お酒の国に住む妖精ちゃんの正体は「女版セクハラおじさん」――酔いどれスナック珍怪記

 今にも人を殺しそうな雰囲気の彼女が立ち上がったその時、扉が開き若いサラリーマンが三人入って来た。三人ともそこそこイケメンである。それを確認するや否や、桜田ちゃんの表情はチャッキーから妖精へと変化した。本日のターゲットが決まったのだ。 「一緒に何か歌いましょ~? ミスチル好きですか~?」  桜田ちゃんは、ボックス席に座る三人の中に乱入していった。  若き三人ははじめ面くらっていたようだが、そこはさすが処世術に長けたサラリーマン、面倒な上司の機嫌を取る要領で見事に彼女を持ち上げてゆく。ボックス席は一瞬でホストクラブと化した。  わたしは今までに桜田ちゃんほどの面食いを見たことがない。「顔が良けりゃ良いほど好きだし、若けりゃ若いほど好き」というゲスな言い様は、まるですれ違い様に女性を上から下まで舐めるように値踏みするおっさんの如きである。  どんなに酔っぱらっていても、その場にいる男たちの中で一番若い男をすぐさま見抜いて突撃してゆく様には心底驚かされる。何かセンサーでも付いているのだろうか?   今も、おそらく三人の中で一番若いのであろう男の首筋の匂いを嗅いでいる。多分そのうち舐めだす。マッサージと称して体中を触りだす。その前に止めるのが我々のミッションなので、カウンターの中ではハラハラしながらボックス席に視線を注いでいなくてはならない。 「大丈夫? その人、大丈夫? 嫌だったらちゃんと言ってね?」 「セクハラで訴えていいんだからね?」  マスターはしきりに若者たちに心配の声を投げかける。その度に彼らは 「全然平気っす! めっちゃ楽しいっす!」と笑顔で返してくる。いい奴らだ。「平気」という言葉が逆に、多少は無理しているのを物語っている。二十代の男が突然、四十代の盛大に酔っぱらったわけのわからない女性にベタベタされて嬉しいとはあまり思わない(たまに全力で喜んでいる奇特な童貞もいるが)。だが、ここで彼女を突っぱねたら場の空気を壊し、楽しくない雰囲気を産んでしまうことを彼らは察しているのだ。  基本、人に迷惑をかけない限りお客はどんな飲み方をしようと自由だ。人に危害を加えたり、不快にさせなければ、どれだけ飲もうと喋ろうとなんでもオッケー。そういう意味では、わたしは個人的に桜田ちゃんが大好きだが、彼女の性別が逆だったら出禁レベルだとは思っている。  四十代の男が二十代の女性グループの中に乱入していって身体を撫でくり回すのを想像してごらん? アウトでしょ。桜田ちゃんは性別と声と見た目で得をしているのだ。
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席の采配は意外に難しい…
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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