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哀悼「京アニ」が救ってきたもの。90年代には人権、宗教を扱った作品も

 放火事件の犠牲者数では平成以降最悪となった京都アニメーション(京アニ)放火事件。未来あるアニメーターたちの命を奪った惨劇に、世界中から追悼の声が届いた。本誌SPA!も哀悼の意を表して、業界の至宝ともいえる京アニが残してきた功績をまとめた。 京アニ

京アニとはいったい、どんな会社なのか?

 京アニ放火事件発生の第一報を受けた数多くのアニメファンが、被災したスタッフの無事を祈った。この日、世界中のアニメファンが悲しみに暮れたのである。では、そんな京アニこと京都アニメーションとはどんな組織なのだろうか。アニメに詳しいライターの久保内信行氏に聞いた。 「誰でも『ドラえもん』は見たことがありますよね。草創期の京アニはあの作品も手掛けていました。つまり、日本人のほとんどは、京アニの仕事を目にしているんですよ。もともと同社は、’80年代にセル画の仕上げを担当する会社として、近所の主婦たちを雇用する形で設立されたんです。その仕事ぶりには定評があり、大手アニメ制作会社から長期の仕事を中心に請けることで、安定的な雇用と技術アップを実現したといわれています」  やがて同社は、仕上げにとどまらず、作画や演出など制作全般を幅広く手掛けるべくスタッフを増やしていった。’00年初頭には、声優のアフレコなどを除いたほとんどの工程を京都で賄えるようになったほどだ。 「アニメ制作はさまざまな制作会社が分業で担当することが多いのですが、京都でスタッフを長期雇用して、密なコミュニケーションが取れる環境は、さまざまな工程間で統一したコンセプトを共有できる強みがあるのです。多くの工程を一括でコントロールできるこのスタイルはクオリティアップに貢献し、京アニに倣ったプロダクションも登場しました」  知る人ぞ知る制作プロダクションに成長した京アニのブランドが確立した契機は、人気美少女ゲームをアニメ化した『AIR』(’05年)と、アニメファンの枠を超えたヒットを記録した『涼宮ハルヒの憂鬱』(’06年)だろう。 「映画のようなクオリティで動き回るキャラクターの衝撃は大きく、『ニコニコ動画』などの動画共有サービスやツイッターなどのSNSを中心に話題が爆発。京アニ作品をきっかけにアニメファンになる若者を多数生み出しました」  近年の京アニは、自社版権コンテンツや映画にまで進出。国内でも有数の一大コンテンツ制作拠点となっていた。今回失った第一スタジオとスタッフは、心臓部と言ってよい存在だった。ファンの嘆きも、むべなるかな……。
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日常アニメというジャンルを開拓した功績
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