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スナックに集う独居老人が吹聴するインチキくさい武勇伝、目的は「性器を舐めたい」?

ぽつりと漏らした中島の本音

 あたりまえだけどもおそらくどこへ行ってもこの調子の彼は、界隈のあらゆる店を出禁になってうちへ流れ着いた。トイレに行こうと背後を通れば手を伸ばして尻を撫でまわしてくるし、注意すれば「女のくせに」という侮蔑の言葉が飛んでくるし(基本的に彼は家父長制に毒された思想の持ち主で、極端に女性を見下している)、カラオケはちょっとだけ上手いけど声がデカすぎるし、彼がいると帰ってしまうお客もいるし、絶命してもらうより手の施しようがない老人なのだが、泥酔してふいにこんな言葉を漏らしたことがある。 「酒飲まないと、怖くて眠れないんだよ」  本音であると思った。  かつて幾分か輝かしかった過去から切り離され、伴侶もなく日に日に朽ちていく自分。かつて膨大に詰め込んだIT知識は知らぬ間に淘汰され、披露してみたところで少し離れた席に座るなんだかよくわかない葉加瀬太郎ヘアーのインテリ男に指摘される虚しさ。  ぬくもりを求めて飲み屋で女の子に触れば出禁になる今日この頃。今や彼を取り巻いているのは孤独でしかないのだろう。大概彼自身の責任と言えなくもないが、わたしはこの発言を聞いた時に、すこしだけ彼に対する嫌悪感が和らいだ。  わたしだって酒で色んな苦痛から逃げている。営業中酒を大量に飲むのも、酔ってしまえば鬱陶しい客の鬱陶しさが気にならなくなるっていうのもあるし、酒を飲んで多少弁が立つようになれば、どこまでも平凡でつまらない自分がちょっとだけ面白味のある人間に思ってもらえるからだし、男から自分が都合の良い女でしかないと認識されている悲しさから逃避するためでもある。(アル中の言い訳をしているわけではありません!)酒場に集う人間なんて、しょせんそんなものだ。酒場はさみしい人間の集まりだ。  だからわたしは中島を完全に嫌うことができない。「まんこ舐めさせろ」は適当に聞き流し、お望みならば恥じらいがなくなる程度に酒をしこたま飲んで、下品な話も存分にする。  それで良いと思う。酒場は誰もが抱える恐怖や虚しさを一時忘れさせる場所なのだから。しかし、お金はきっちり払ってもらわないと困る。 「寝るならお酒もらうからね」  そう言ってわたしは中島のボトルに手を掛け、残り少なくなった芋焼酎を全て自分のグラスに注ぎこんだ。〈イラスト/粒アンコ〉
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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