第543回 10月12日「次世代ゲームのキーワードは”触覚”」
―[渡辺浩弐の日々是コージ中]―
・ソニー・インタラクティブエンタテインメントの次世代ゲーム機PS5(プレイステーション5)の具体的な情報が告知された。発売はほぼ1年後。ということは現時点で、各社ビッグタイトルについてはすでにかなり制作が進んでいるということになる。
→『「プレイステーション 5」 2020年の年末商戦期に発売』
・次のプレイステーションでゲームはどう変わるのか。もちろんチップやメモリーのパワーは相当なものになるようだけど、映像や音響についてはPS4でもかなりのレベルに達していて、家庭の再生環境が追いついていないのが現状である。つまりここからスペックを上げてもそれに見合った驚きはない……と思っていたら、意表をつく情報があった。次の変革はなんとゲーム画面の外側で行われる。コントローラーの刷新である。
・PS5のコントローラーでは、単なる振動ではなく多彩な刺激を指先に感じることができるようになり(“例えば、レース中に車が壁にぶつかる感覚と、フットボールで相手にタックルする時の感覚では全く異なったものになる”)、さらにトリガーボタンについては入力が本当に重くなったり軽くなったりするという(“プレイヤーが取るアクションに合わせてトリガーの抵抗力をプログラムすることが可能になる”)。
・ゲームの進化が、視覚聴覚から「触覚」に拡大していくわけだ。例えば、完全な暗闇の中をひたすら進攻するシーン。真夜中の沼地を、ジャングルを、手探りで這い進んでいく。あるいは、透明な妖精のキャラクター。指先で触れることにより、自分だけがその存在を確認する。
・ゲーム表現においては、これまで視覚に頼りすぎていたと思う。目に見えるものだけをリアリティとみなして、いかにはっきり、きれいに、こまやかに現実を再現するかに製作者は血道を上げていた。けれどよく考えると現実世界で、人はものをそれほどちゃんと見てはいないのである。たとえばあなたが「リンゴ」を見つけたとする。その大体の色と形、そして存在する場所がキッチンのテーブルの上であることなどの周辺情報から「リンゴ」と認識してしまったら、もうあなたはそれを見ようとしない。掴もうとして手を伸ばした瞬間ですら、別の方向に目を向けている。そこから後は手触りに頼っているのだ。
・あなたはやがて指先に固くてつるつるした球体の感触を得ることをイメージしている。ところがもしそれがぐにゃりと柔らかく潰れたら。驚いてまた視線を戻し、それでようやく自分が勘違いをしていたこと、それがリンゴではなく赤く塗られた「みかん」だったことを知る。
・人間は現実の中でも、脳が作り出したバーチャルな幻影に頼って生きているのだ。だからリンゴを映像としてひたすら緻密に描写していく、その方向の進化はやがて限界に達する。PS5には、今ゲームの重要な要素として「手触り」を取り入れようという、ソニーからのとても有効な提案がある。
・ゲーム制作の最前線では、「触覚」デザインのノウハウを構築することが急務となるだろう。「視覚」=映像と「聴覚」=音響のデザイニングについては、映画や音楽といった別メディアにおいて長年に渡って蓄積されてきたノウハウをベースにすることができた。それらは小学生でも学べるほどに体系化されていた。ところが「触覚」については、制作のための教科書がまだ、どこにもない。映画におけるモンタージュ技法とか、音楽におけるコード理論とか、そういうものがまだ一切構築されていないのである。
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。
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