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女性客の「抱いてほしい」サインに飲み屋のマスターは…

女性客はマスターに「男」を見る

 日々眺めていると、本当に男性であるマスターって大変だなぁと思ったりする。  スナックのような酒場に来店する目的は男女でだいぶ異なる。一般的に男性は、仕事上の愚痴を言いたい人もいれば、言わないけれど飲まないとやっていられない気分、歌いたい気分、別に女の子を求めてはいないけどたまにスナックで飲みたい気分、女の子に癒されたい気分(わたしに癒しが提供できると思うか?)、騒ぎたい気分、なんとなく習慣で飲んでいるだけ、寝酒代わり、等それなりに理由や目的がばらけている。  しかし女性の場合はもっと理由や目的が限定的だ。特に一人で来店する女性の理由は、寂しいか愚痴を聞いてほしいかアル中かのどれかなのだ。これは断言できる。アル中はまぁ置いておいて、寂しいという女性と聞いてほしい女性は常にマスターという存在を求める。彼氏と別れたばかりで寂しい、不倫相手と喧嘩して来週まで会えなくて寂しい、寒くなってきたから寂しい、とりあえず話を聞いてほしい。  オンナはオンナでそりゃまぁ、ごくたまに口説かれたりもするけど、酔っぱらい男の口説きなんて所詮その場のノリだし、酔いが覚めれば忘れてしまうような小さな出来心だけども、女はそうじゃない。もっと切実な何かを抱えたり企んだりして寄ってくる生き物だ。酔いが覚めてもその場で感じた一時のパッション?を忘れない。  うちの店に来る男性客は必ずしもわたしに「女」を求めていない。求める人も一定数はいるけれど、わたしはなんとなくとりとめのない話をする相手であり、くだらない下ネタを笑い合う相手であり、時折デュエットを歌う相手であり、つまりは「スナックのねーちゃん」という範疇を大幅に超えたことを求められることは少ない。求めたとしても軽くあしらう程度で済み、そのあとはそんなに固執しない。  だが、一人で来る女性客の大半はわりと切実に「男」としてのマスターを求めている。彼氏と別れたばかりで寂しい、からとりあえず抱いてほしい。不倫相手と喧嘩中で寂しい、から当てつけに浮気してやりたいので抱いてほしい。とりあえず話を聞いてほしくて、あわよくば抱いてほしい。  これは、うちのマスターのみならず、この世の全ての水商売の男性、特にバーテンダーやホストたちが日々うんざりするほど向けられている性的な感情と視線であると思うのだけど、そういう行きずり的、出会い頭的に身体を求められるマスターという人間は、妙に女性的な感覚を備えてしまっている。彼は、女性を「食った」とはあまり言わない。「犯された」、「襲われた」という表現を使ったりする。自らが性的に消費されているというニュアンスだ。マスターは言う。 「俺は女が男と違うなんて思わないよ。男なんて大概バカだけど、女は男以上のエロさと計算高さで近づいてくる」 「危ない女には、わざと隙を見せるけど、本当の隙はつくらない」  これは、若かりし頃から唾液の入っている(と思われる)手作りの怪しいお茶を飲まされたり、待ち伏せされたり、ストーカーされたりしているマスターならではの発言で、ある種、女性に対する辟易とした気持ちと僅かな嫌悪感が含まれているようにも思えるけど、三十年以上もそういうことをやっていると、そういう女たちをいかに上手く転がして金を引っ張り、頃合いを見て適当に手を出して、後腐れのない関係を築いていくかという悪魔的思考が染みついているので、彼はいつも楽しそうだ。  女たちがキレたり、泣き出したりしながらも、その実全て自分の予想の範囲内で動いている様を見て「面白いなぁ」とか言って笑っている。  たぶん一般的な社会にいたらちょっとヤバい人なんだけど、水商売ってこういう一本ネジか外れたようなイカれた思考で楽しむことができないと続かないんだと思う(わたしも最近キレているお客や泣いているお客を見ると純粋に爆笑してしまうのでそろそろ水商売に染まってきている気がして、社会人としての危機を感じる)。
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お客を手玉にとる技術
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