更新日:2023年05月13日 09:17
エンタメ

アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由/鴻上尚史

見事なポプラ並木や上品な橋への異和感

 案内してくれたガイドの中谷さんによれば、15歳ぐらいからアウシュビッツを見学するように、ヨーロッパでは勧められているそうです。それより幼いと、トラウマというか、衝撃を受け止められなくなる可能性があるからです。  そして、25歳までには訪ねるべきだとも言われているそうです。  それ以上になると、偏見なく、公平な目で受け止めることが難しくなるから、と仰っていました。実際に、大勢のイスラエルの高校生が見学していました。  アウシュビッツは、三つの収容所があるのですが、一番最初に作られた収容所は、なんと、水洗トイレでした。  二つめの収容所は、さすがに、囲いもなにもない、一列に並んだ穴だけのトイレで、人間の尊厳を踏みにじるものでしたが、それでも、なんと、し尿処理施設があって、ちゃんと浄化してから川に流していました。  収容者を入れた棟をつなぐ道には、ポプラが等間隔で規則正しく植えられていて、見事なポプラ並木を作っていました。  第二アウシュビッツには、水路を渡るための小さなタイル作りの橋がたくさん残っているのですが、丸いカーブの洗練されたデザインでした。  僕は水洗トイレやポプラ並木、上品な橋のデザインに唸りました。  110万人を虐殺した現場が、野蛮だったり、荒れていたりしたら、まだ納得できます。けれど、じつに整然と秩序正しく、理性的に運営されているのです。粛々と理性的に行われる虐殺。  それは、彼らが「自分たちの正義を実行している」と思っているからこそ、できるのだろうと思うのです。  アウシュビッツ所長だったルドルフ・ヘスは、虐殺に関して謝罪の言葉は最後まで口にしませんでした。残した手記には、自分も心を持つ一人の人間であり、悪人ではなかった、というようなことを書きました。  僕が訪ねたのは11月の後半でしたから、もう寒い風が吹いていました。収容棟は隙間がたくさんあって、「風が入ってきつかっただろうなあ」と想像できました。もし、夏に訪ねたら、リアルには分からなかったと思います。  ガイドの中谷さんは「ぜひ、1月や2月、雪の積もったアウシュビッツに来て欲しいです。そうしたら、どれほど過酷か分かりますから」と仰っていました。  アウシュビッツは、「“正義”がたどり着いてしまった地獄」だと感じたのです。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。
1
2
おすすめ記事