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アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由/鴻上尚史

ドン・キホーテのピアス

アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由

 さて、前回の続き。アウシュビッツに行った話です。  私達が記録フィルムで見る、やせ細った、ガイコツのような収容者の写真がたくさん見られるのかと思ったのですが、残酷な展示はずいぶん抑えられていました。同時にヒットラーの写真も、ほんの少しでした。  それは、「すべてをヒットラーのせいにして、残酷な描写を見せること」に意味がないんじゃないかと思われるようになったからです(かつてはそういう展示だったのです)。  アウシュビッツは、ヒットラーという狂人が作り上げたものではない。なぜなら、ヒットラーは、ドイツ国民の33%の支持によって政治の表舞台に登場したのだから。アウシュビッツを用意したのは、当時のドイツ国民とも言えるのではないか。ヒットラー一人を悪者にして片づく問題ではない、と人々は考えるようになったのです。  同時に、センセーショナルな展示も控えるようになりました。  それでも、収容棟の内部では、「うず高く積み上げられた靴」や「数えきれないほどのメガネ」「大量の子供用の靴」などがガラス越しに見ることができます。  住所と名前を大きく書き込んだトランクも、無数に積み上げられていました。荷物を没収された時に、自分のものだと分かるように書き込んだのです。手書きの文字からは、一人一人の人生が立ち上がってくるようでした。  これらの展示は、写真撮影可能なのですが、一室、女性の髪の毛が2トン集められた部屋だけは、遺族の気持ちを配慮して、撮影不可でした。  ナチスは、入所した男女を丸刈りにして、織物やフェルトという産業用の材料にしていました。  さまざまな色の、さまざまな質の髪の毛が、山のように集められた風景の前では、足がすくみました。
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見事なポプラ並木や上品な橋への異和感
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