更新日:2019年12月30日 07:15
エンタメ

第551回 12月28日「静かに没落するか、騒がしく繁栄するか」

・僕は中野ブロードウェイというビルに住んでいる。「まんだらけ」をはじめ漫画・アニメ・ゲーム関連の専門店が何百と立ち並んでいて、マニアが集まることで有名な場所だ。海外からの観光客、特に中国(ないし中国語圏)からのお客さんがとても多い。 ・オタクの人達のファッションは最近はほぼ万国共通なのだが、中国の人は本当にどこでも大声で話しているから、それで見分けられる。一人でいても携帯電話に喋り続けている人が多い。漫画本やゲームソフトなど、店頭で在庫を確認しながら地元の友だちと連絡しあって、買って帰るものを決めているのだと思う。 ・このところ、そういう行為がさらに進化してきている。最近目立つのはスマホでライブ配信をしている人だ。お店に入って、並んでいる商品にカメラを向けながら、はきはきと解説をしている。SNSや動画配信サイトで、不特定多数の人々に向けて生放送しているのだ。それだけでなく、「注文」を受け付けている。その場で数をまとめて、購入して、持ち帰ってから発送するのである。 ・一つ一つの商品の状態についてなど、視聴者からの質問にも答えたりしている。こういうことを秋葉原でも、銀座でもやっているのだと思う。ライブコマースの個人版そしてストリート版というわけである。この方法ならむやみに仕入れて売れ残りが出るようなこともない。ものすごく効率的なビジネスだ。よく空港で見かける、巨大な荷物をいくつも運んでいる中国人旅行客、いわゆる「爆買いヤー」の一部はこのパターンの、つまりプロの輸入代行者なのである。 ・日本通を売りにしている中国人インフルエンサーは多いが、その一部もこの輸入代行業を手掛け始めていると聞いた。こういう人たちはしばしば日本のマナーについて周知してくれていたりする(とてもありがたい)のだが、そんな彼らが携帯電話のマナーについて言及することだけは絶対に、ない。 ・このパターンの人は、日本人のユーチューバーやインスタグラマーにはあまり見かけない。お店の中で商品をいじくりながらハイテンションでアピールすることは、日本人にとってはなかなか勇気がいることなのだ。そもそも日本では店舗や交通機関の中での携帯電話の会話は絶対禁止というマナーがある。肉声で会話するのはよくても、電話はだめ。電車の中で大声でべちゃべちゃくっちゃべっているおばちゃんが、隣の人が着信音でも鳴らそうものならにらみつけたりする。 ・これは日本だけの特異な風景である。欧米でも品の良い地域では「Quiet Coach(静寂車両)」が設定されていることもあるが、それ以外ではほぼ自由だ。そして中国語圏ではどこでも、多くの人々がものすごい大声で間断なく延々と喋り続けている。 ・観光立国を目論んでいるのなら、ちょっと整理しておかなくちゃと思う。このローカルマナーは海外観光客の増加にともなってあちこちで摩擦を起こしそうだ。オリンビックを応援しに来た外国人が東京の複雑な交通網に困り果てながら電車内で仲間と電話しようとしたら舌打ちをされる。そんな光景が予想される。 ・いやそれよりも、このマナーは現実的に、日本人の生産性をいちじるしく阻害している。これも大きな問題だ。 ・忙しそうなサラリーマンが電車の中で着信に気づいてあわてて途中下車する姿をよく見かける。人の電話にまでいらつくような暇なお年寄りに配慮するために、一分一秒を争っているビジネスマンの人たちを邪魔しているのである。いや仕事している人達だけではない。病気をかかえて移動をしている人も、あるいは外見からはわかりにくい障害者や妊婦さんもいるだろう。携帯電話は彼らにとって命綱なのだ。それが、ある人々が「生理的に不愉快だ」という理由だけで、遮断されてしまっているのである。 ・中国の都市で、電車の中でもお店の中でもばりばり電話して打ち合わせやら交渉ごとやらで怒鳴り合っている人々を見ていると、こりゃ仕事はかどるわGNP上がるわと本気で思う。それはもちろんエレガントな風景ではない。中国は世界第2の経済力を持つに至った今でも、なりふりをかまっていないのである。そこまでやんなくても……と言う声が聞こえてきそうだが、それを言っているあなたは、きっと、お暇なお年寄りだ。 ・翻って今の日本は、本当は、そんなことを言ってられる状況ではないのである。「気分が悪いから」「なんかイラっとするから」そんな理由で、のっぴきならない事情がある人たちまで規制する。そんな余裕があると思っているのは、既得利権にあぐらをかいてぬくぬくと余生を送っている老人だけである。外国人のことだけでなく、上の世代に搾り取られてかつかつになりながら必死で生きている若い世代のことも、考えてあげるべきではないか。 ……………………………………………………………………………………………… ※この話題「静かに没落するか、騒がしく繁栄するか」のライブトークVer.はこちらです↓
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。