国内ファミレスチェーンの中で店舗数第2位、最近発売された新商品もSNSで話題になるなど根強い人気を誇るサイゼリヤ。多くの人々に支持される秘密はどこにあるのだろうか。自身も複数の人気飲食店の経営者であり『
人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』(扶桑社新書)の著者でもある稲田俊輔氏がサイゼリヤ・堀埜一成社長にインタビューを敢行。その経営スタイルには、厳しい競争を生き抜くためのヒントが隠されていた。
サイゼリヤの社長が明かすミラノ風ドリアが299円の理由
稲田俊輔氏(以下=稲田):サイゼリヤさんは昔からの定番メニューだけでなく、このところは新商品が出る度に注目を集めていますよね。最近ではアロスティチーニ(ラムの串焼き)が売れすぎて供給が追いつかず販売休止になるほどの異例の大ヒットとなりました(その後一部地域で販売再開)。いわゆるファミレスっぽさとは少し路線の異なる“本格志向”なメニューが増えていますが、どういった経緯でこのような商品開発をされるようになったのでしょうか?
堀埜一成社長(以下=堀埜):まず、サイゼリヤの「事業フェーズが変わってきている」というのがあります。成長期を経て今は安定期に入ってきているので、商品パターンも以前とは少し変えています。成長期はいろんなお客様に来ていただいて市場を大きくしなければならないので、尖った企画や新商品は出しづらいんですね。土台ができていないうちにいろんなことをやってしまうと品質がバラついてしまうので。安定期に入った今はある程度市場の規模は確保されているので攻めた企画も出せる。それがうまく当たっているのだと思います。
堀埜一成社長
稲田:なるほど。それでは今後も本格メニューの開発は継続していくと。
堀埜:そうですね。毎年商品開発部のメンバーらと一緒にイタリア各地に行って現地のさまざまな料理を食べるようにしているのですが、一言に「イタリアン」と言っても地域によって特色もバラバラで、実に多様な料理に出合います。「これは日本の皆さんにもぜひ食べてもらいたい!」と思う料理がまだまだあるので、機を見て少しずつ商品化していこうと考えています。
稲田:「日本人が知らないイタリア」的なコンセプトを初めてはっきりと打ち出した本格メニューは、’16年に期間限定発売された「アマトリチャーナ」だったように思うのですが、あれも旅行中に出合ったものだったのですか?
稲田俊輔氏
堀埜:そうなんです。今から5年ほど前のことです。当初予定していたコースには入っていなかったイタリア中部のアマトリーチェという街に立ち寄って、そのとき入ったお店でお婆さんが出してくれたのが現地の伝統的なアマトリチャーナでした。アマトリチャーナというと、日本ではトマトソースをベースにしたものが一般的だと思いますが、実はあれはローマ風なんです。
お婆さんは「本当のアマトリチャーナはこれなんだよ」と、トマトソースが入っていないものを奨めてきました。実は歴史的にも、トマトがその地域に入ってくる前からアマトリチャーナはすでに存在していたんですね。「この料理がローマに伝わってからトマトと混ざってよく知られるアマトリチャーナになっただけで、元々はこれなんだよ。おいしいから食べてみて」と。それがまあ絶品だったんですよ。
稲田:なるほど。ただ、何回もイタリアに行かれているなかで他にもさまざまな料理と出合ってらっしゃいますよね? なぜ数ある料理のなかからあのタイミングであえてアマトリチャーナを選んだのでしょうか?
堀埜:きっかけはその翌年に発生したイタリア中部地震でした。アマトリーチェの街が甚大な被害を受けたんです。大きな会議をしている最中にニュースが入ってきて「これ、去年俺たちが行った街じゃないか?」と気付いて。そして後日、本場のアマトリチャーナを出してくれたあのお婆さんがその震災で亡くなったのを知ったんです。
稲田:そうだったんですね……。それで「今こそアマトリチャーナを出すときだ」と。
堀埜:あの街のために、何か力になりたいと思ったんです。〈※当時サイゼリヤはアマトリチャーナビアンコ(本場風)とアマトリチャーナロッソ(ローマ風)を税込み399円で発売。1食あたりの売り上げのうち100円を義援金としてアマトリーチェに寄付した〉
ある種不思議な力に導かれるような感じでしたし、今出すのがベストだという明確な根拠があったわけではなかったのですが、アマトリチャーナに関してはやはりあそこが出すべきタイミングだったと思います。我々はこういうタイミングのことを「宇宙の意志」と呼んでいます。
稲田:「宇宙の意志」ですか!?
堀埜:はい。ビジネスでも何でもそうだと思いますが、ある程度のところまでは理詰めで構築していくべきですよね。ただ、最後の一押しは勘が重要だと思うんです。さまざまな料理を見て、食べて、情報を蓄積しておくことであるとき、そうやって「今だ!」というタイミングがやってくることがある。その機を逃してはいけません。これは弊社が大事にしている指針の一つでもあります。
あのとき、当初立ち寄る予定のなかったアマトリーチェの街を訪れたのも、あのお婆さんのお陰で本物のアマトリチャーナに出合えたのも、何かの運命だったのだと思います。我々が出合ってきたイタリア各地の料理のレシピはまだまだたくさんあります。
「今だ!」というタイミングで、少しずつ商品化していければと思います。ただそうは言っても、それらのメニューがメインになることはありません。サイゼリヤの中心はあくまでもベーシックなメニューだと考えています。
稲田:確かにサイゼリヤのそもそもの魅力は、看板メニューのミラノ風ドリアに代表されるように、「日本のクラシックな洋食的要素が絶妙に配合されている」ところにありますよね。
【ミラノ風ドリア】老若男女嫌いな人はいないサイゼリヤの超看板メニュー。299円に値下げされて以降2度の消費増税に耐えた学生の味方
堀埜:まさにそのミラノ風ドリアなどを召し上がってくださるお客さまが弊社のコアなお客さまです。そこを見誤って本格メニューの割合を増やしてしまっては、これまで築き上げてきたものが台無しになってしまいます。ミラノ風ドリアはミルクや挽き肉など、誰しもが小さい頃から馴染みのある食材ばかりを使っています。嫌いな人はほとんどいないはずです。みんなが好きな味を、できる限り低価格で提供し続けていきたいと考えています。