更新日:2023年05月24日 14:58
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世界の真ん中で「セーラームーン」を絶叫した男、都会の怖さを知る

セーラームーンは来ないっっっ

「たすけてーーーー! セーラームーーーーン!!!!」  部屋中に響き渡った彼の雄叫びは、妖魔のオジちゃんの次の一言によってリノリウムの床に叩き落とされた。 「セーラームーンは来ないっっっ!!!!!!!」 「えっっ……!?!?!?」  まさかの一言である。  (えっ?セーラームーンの店やのに、セーラームーン来ないの??うそやん) 「お前のような穢れた奴には、セーラームーンは助けに来ない!!!」 「え……それってどういう……」  余計に混乱するマッちゃんに、妖魔のオジちゃんはさらに絶望的な一言を告げる。 「セーラームーンに助けてほしければ、あと四千円払って二十分延長しろ!!!!」  なんというぼったくり。あっけにとられていると、奥のカーテンの影からセーラームーンの脚らしき赤いブーツがひょいっと覗く。脚だけ。 「さぁどうする!?」  ひょいっ。 「あの……延長しなかった場合ってどうなるんです?」  一応訊いてみた。 「その場合は我々がお前のその邪悪なモノを処理する!」  妖魔のオバちゃんはそう言ってマッちゃんの膨らんだ下半身を指さした。覆面越しの目がニヤリと笑う。それだけは勘弁してほしかった。セーラームーンのイメクラに来てセーラームーンに会えないなんて冗談じゃない。どうせ金を払うならセーラームーンに来てもらわねば! よくわからない意地が込み上げてきて、彼は小さな声で言った。 「延長します……」  小声で延長を告げるや否や、カーテンの向こうから、まぁどうにかこうにかセーラームーン風の雑なコスプレをした女の子が「もう大丈夫よ!」と、わざとらしい演技をしながら飛び出してきた。妖魔のオジちゃんとオバちゃんはそそくさと退散し、セーラームーンによって速やかに手錠が外されて、カーテンの奥へと案内され、マッちゃんの下半身はようやく救済された。セーラームーンと触れ合った時間は、十分ちょいくらいだった。  結局一万円を払った彼は、もう二度と東京のイメクラなんて行くかと心に誓ったのであった。  巧みな演技力と身振り手振りを使って語られるマッちゃんの話にわたしたちは爆笑した。  世の中は自粛ムードでどんよりして客足もまばらだけど、店内では相変わらず笑いが絶えない。話の余韻でしばらく肩を震わせていると、川越さんが「あっ!」と思い出したように声を上げた。 「そういえばわたし、M嬢を攻めに行ったはずなのに、結局ペニバンで掘られてしまったことがあるんですけど」  こうして、今日もスナックの夜は更けてゆく。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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