更新日:2020年06月05日 11:47
エンタメ

コロナ禍において、38年前に描かれた石原慎太郎『亡国』から考えること

『シンゴジラ』はエンタメ、『亡国』はやけにリアル

『シンゴジラ』のような、可視化された未曾有の脅威に対して日本政府がどう立ち向かい、問題を解決するかのようなある種のファンタジー、エンタメ性を期待してしまうと肩透かしを食らってしまうかもしれないが、姿の見えない外部勢力の徹底した裏工作によって、真綿で首を締められるがごとくじわじわと日本が崩壊していくその様は、著者の石原氏の詳細な分析、圧倒的描写力も手伝い決して他人事とは思わせないリアルさを獲得し読み手を襲う。  もちろん、新型コロナウイルスには意志も敵意もないのでまったく同じ状況とはいえないが、不可視の敵への対応に後手へ回り続けた今の日本の状況とリンクしているのも読み手に更なる臨場感を与えるかもしれない。  また、本作で描かれる海上ストによる日本経済の深刻な危機は、現実で今起きている問題を鋭く予見している。会社の倒産、それに伴う失業者の大幅な増加、物資不足が引き起こす極端な買い占め。緊縮政策を実施する日本政府に対し国民の不満は溜まりに溜まり、果てにはデモと暴動が起きてしまう。幸い、現実では暴動こそ起きていないものの、ライブハウスや飲食店の相次ぐ閉店、トイレットペーパーやマスク、日用品の買い占めはニュースで何度も見た。本作が出版されたのは1982年だが、もし現代が舞台ならば、SNSで出回るデマやアジテーション、俗に言う「自粛警察」といった描写も追加されていたに違いない。  目に見えない脅威に立ち向かう際に大事なのは、脅威を過小評価せずシュミレーションしておくことだ。本作では内閣の主要人物たちが事あるごとに、国防や外交においていかに自分たちが現状に胡坐をかき、準備を怠ってきたかを痛烈に自己批判する描写が多く見られる。特に印象的なのは物語の後半、ソビエトの開発した核兵器搭載可能な人工衛星を防衛庁長官が目視し、完全に敗北したことを悟るシーンだろう。今まで姿を全く見せなかった敵が、ようやく眼前に現れたときにはもうすでに遅いのだ。  新型コロナウイルスによる感染症が収束したのち、ウイルスによる世界規模でのパンデミックは必ずまた起きるだろう。それが何年、何十年後かになるかは分からないが、しかし備えることはできるはずだ。眼に見えない敵がいる、と自覚し備えること。本作はその大切さを教えてくれるだろう。是非一読してみてほしい。〈文・山渕 清〉
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