更新日:2022年02月22日 17:48
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猪瀬直樹が語る石原慎太郎「一回り以上も年上の石原さんが頭を下げてきた」

―[今週の顔]―

東京と日本を託された盟友が語る石原慎太郎

石原慎太郎

4期目の途中で都知事退任を表明した石原氏は猪瀬氏を後継指名。’12年12月の都知事選では応援演説を行い、400万票超という史上最多得票での猪瀬氏当選に一役買った 写真/産経新聞社

「変人からしか僕には要請が来ないんだよ」  苦笑しながらこう話すのは作家で元東京都知事の猪瀬直樹氏だ。その「変人」は2人いたという。一人は道路公団民営化を猪瀬氏に託した小泉純一郎元首相。もう一人が2月1日に逝去した石原慎太郎氏だった。 「石原都政が3期目に入る’07年4月に急に呼び出されたんです。石原さんがかつて親交を温めた三島由紀夫について僕が『ペルソナ』という本を書いていたから、三島について話がしたいんだろうなと思って行ったの。そうしたら『猪瀬さんに副知事をやってほしい』って一回り以上も下の僕に頭を下げるんだよ。  あの人は傲慢に見られがちだけど、そうじゃない。誰とでも忖度なしでしゃべるだけ。なぜなら、石原慎太郎は政治家というよりも作家だから。知的好奇心に従属する生き物だから、人に対して上下関係はないんです」

賛否両論を呼んだ変人

 1956年に『太陽の季節』で鮮烈な文壇デビューを飾った石原氏は、’68年の参院選で初当選。運輸大臣などを歴任した後、’99年から13年半にわたって都知事を務めた。  その都知事時代には国や業界団体から反発を受けながらもトップダウンでディーゼル排ガス規制を実現。メガバンクから一律に税を徴収する外形標準課税(通称・銀行税)を導入したことをご記憶の人も多いだろう。  だが、銀行税は「課税の公平に反する」と訴えた銀行側との法廷闘争に発展し、事実上、都側が敗訴(納付済みの銀行税に対して還付加算金をつけて返還することで和解)。中小企業支援を目的に設立した新銀行東京は赤字を垂れ流すなど、石原都政には失策も少なくなかった。
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「あの人は枯れない泉なんだよ」
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