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コロナ禍において、38年前に描かれた石原慎太郎『亡国』から考えること

先見の明があった石原慎太郎の小説『亡国―日本の突然の死』

亡国

亡国-日本の突然の死(上・下巻) 石原慎太郎著 角川書店  

 SARS-CoV-2、通称、新型コロナウイルスによる感染症COVID-19が世界を瞬く間に混乱の渦に巻き込んでからはや数か月が経った。今回、ここまで感染が拡大した原因はウイルスの持つ特性が大いに関係しているはずだが、もう一つ根本的な原因をあげるとするならば、脅威が眼に見えないこと、それに尽きるだろう。  当たり前かもしれないが、ウイルスは肉眼で見ることはできない。目に見える形で危機が迫ってくるのならともかく、目にも見えず音も臭いもないリスクをヘッジしろと言われても、なかなか人は本気になれないものだ。この人間心理を利用して、新型コロナウイルスは世界中を瞬く間に侵略した。気づいたときにはもうどうしようもなく手遅れになっているくらい素早く、大胆に。  国を揺るがす見えない脅威が国家、ひいては世界を襲ったとき、政府と国民は一体どうなってしまうのか。石原慎太郎著『亡国 -日本の突然の死-』(角川書店 1982年)で書かれているのは、まさにその果て、そして考えうる中で最悪の未来だ。

舞台は80年代。生物兵器に侵された日本

『亡国』の舞台は80年代、日本。ソビエトの軍事力はアメリカを凌駕し、いよいよ世界の覇権を担うべく行動を開始する。その手始めに標的とされたのは、ソビエトの弱点を補強する地政学的価値、そして経済的価値を持つ日本だった。  日本を赤化するべく暗躍するソビエトの工作員たちによって引き起こされる暗殺、破壊工作、政治的懐柔。徹底した裏工作ゆえに犯人を見つけられないまま、日本、そしてアメリカは引き起こされる事態にまったく対応できず後手後手に回り続ける。ソビエトの工作により海上ストが発生した結果、物資は不足し、失業者は急増、次第に国民の不満は募っていく。さらに工作員の手引きもあり、東京や大阪といった大都市で大規模な暴動が。何とか暴動自体は鎮圧したものの、暴徒、警察そして自衛隊も多数の死者を出す。  極めつけには、ソビエトの開発した新型ペスト菌が、対馬経由で九州を席捲、日本国民はパンデミックの脅威に怯えることとなる。  ワクチンの配布と引き換えに日本政府へソビエトが出した交換条件とは、日米安保条約の破棄、憲法を改正し自衛隊を正式に国軍として認めることだった。疲弊した政府は条件をのみ、こうして政府はソビエトの息がかかった人間に挿げ替えられ、事実上日本はソビエトの属国になり下がる……。  本作は、日本の政治体質の本質的弱点を一切躊躇なく攻撃してくる、不可視の外敵脅威が出現したという仮定に基づき、当時の世論、国際情勢がどういった反応をするのか、またその際、内閣、組織、企業、そして国民はどういった行動をとるのかを、膨大なページ数を割いて予見した政治シュミレーション小説といえる。
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『シンゴジラ』はエンタメ、『亡国』はやけにリアル
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