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「毎日会社に出勤のほうがヤバいウイルス」作家・燃え殻が新作で目指したもの

わかりやすいものは、どこか極端だ

CF燃え殻

『すべて忘れてしまうから』(扶桑社刊)

 SNS全盛の今だからこそ、週刊誌で書く自由さも感じているという。 「今のSNSって末期的っていうか、何を書いても文句を言われるんです。極端な投稿が求められる一方で、極端なことを言うと意見が異なる人からはめちゃくちゃ叩かれる。全部が正しい人なんていない、と僕は思ってるんですよね。正しさ以外は認めない、っていうのが今のSNSだけど、雑誌ならダメなことも含めて自由に書くことができる。この連載は週刊誌だから、基本的には1週間たつと消えていくし、炎上もしないじゃないですか」  紙のほうが不燃で、SNSのほうが可燃。確かにSNSはどんどん不自由な場所になっている。 「だから、雑誌のほうが本当の自分の心情を書ける気がします。SPA!にもいろんな作家さんが書いていますが、SNSの個人アカウントよりも、SPA!で書くときのほうが、踏み込んで書いているんじゃないかな。そこが今の雑誌のおもしろさだと思っています」  本作は、70本以上の連載原稿から50本を選び、加筆修正している。 「50本に絞ったとき、エモすぎる原稿は省いたんですよ。一冊通して読んだときに、エモさよりも、日常に寄り添う解毒剤みたいなものであってほしいと思ったんですよね」  本書には「わかりやすいものはどこか極端だ。『絶対に泣ける映画』とか、そういったものは絶対的に怪しいと個人的には思っている。日々のほとんどは、本当はグラデーションの中にある」という一文が「そもそも、エモってなんだ」の回にあるが、グラデーションこそが、本作の最も重視した点なのだ。  実は、本作が刊行される少し前に、燃え殻は本業の仕事からしばらく離れることを決めて、休職した。 「この本にも書いたけど、コロナ禍で会社の売り上げが悪化したことで、部下を休職させなきゃいけなくなったんです。誰を休職させるか決めなきゃいけない、それを会社から求められたときに……僕は物書きの仕事があるから、休職するとギリギリ食えるか食えないかくらいなんですけど、部下は100%食えなくなるんですよ。家賃も払えない、引っ越さなきゃいけないヤツもいる。そんな状況になったときに、『あ、じゃあ俺が休もう』と思ったんです」  苦渋の決断だが、会社に行かなくなり、人に会わなくなったことで、収入はかなり苦しいものの、精神的にはかなりクリアになったのだという。 「コロナでいろんな会社や店が潰れた一方、4月の自殺者が前年から20%近く減ったというデータもあるんですよね。毎日会社に出勤することや満員電車のほうが、よほどヤバいウイルスじゃないか、とも思いましたね」  コロナ禍で当たり前の日常を過ごすことも困難ないま、本作はそっと、日々のままならなさに寄り添い、解毒してくれるはずだ。
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燃え殻が忘れられない、あの人との思い出
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燃え殻『すべて忘れてしまうから』』(扶桑社刊)

『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーとなった燃え殻による待望の第2作。ふとした瞬間におとずれる、もう戻れない日々との再会。ときに狼狽え、ときに心揺さぶられながら、すべて忘れてしまう日常にささやかな抵抗を試みる回顧録

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