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芥川賞候補作を生んだ尾崎世界観が独白「逃げるように小説を書き始めた」

 作家、テレビ出演、ラジオ・パーソナリティなど活躍の幅を広げるクリープハイプの尾崎世界観。第164回芥川賞候補に挙がった『母影(おもかげ)』は、小学生の女の子が、性風俗の仕事をしている母親をカーテンの向こうで隠れて待っている、という物語だ。ピンサロ嬢を主人公にした楽曲「イノチミジカシコイセヨオトメ」などを著してきた尾崎としては、題材が一貫しているとも言える。 尾崎世界観 しかし、ほぼ私小説だった作家デビュー作『祐介』(’16年)と、小さな女の子の一人称で綴られたこの作品は、大きく異なっている。どのように本作は生み出されたのか、その創作の源泉に迫ってみた。

ノミネート期間中は“恋人未満”の気持ちでした

――芥川賞の発表を、バンドメンバーと一緒にライブハウスで待ったと報じられていましたね。 尾崎:昨年の春頃に、コロナ禍でライブハウスがいろいろと言われたじゃないですか。だから、音楽以外の活動をしながら音楽業界に還元できることは何かなと思って、じゃあせめて選考結果を待つときにライブハウスで、と思ったんです。受賞できたらもっとよかったんですけど。 ――正直、芥川賞候補に選ばれるのでは、という期待はあったんじゃないですか? 尾崎:公には言わなかったけれど、芥川賞候補になるのが目標だったので、本当に嬉しかったのが純粋な気持ちです。ノミネートから結果発表までの「芥川賞候補」でいられる期間は、とても楽しかったです。恋愛なら「あのコ、もしかしたら俺のこと好きかもしれないな」と思っている状態だから(笑)。フラれちゃいましたけど……。 ――『母影』を、小学校低学年の女の子の一人称で書くことにしたのはなぜでしょう? 尾崎:もともと、うまく歌えなくなることが定期的にあって、それで逃げるようになって小説を書き始めたんですけど。今もそういう体と付き合いながら音楽をやっていて、そんな心と体のつながらなさを主人公の女の子に投影したんです。頭の中ではいろんなことがわかっているんだけど、それをうまく言語化できない子供のストレスと、頭の中には確実に歌うべきメロディーがあるのに、それがうまく体から出てこない自分のストレスには、近いものがあると思っているので。

子供のシンプルさを通して、大人の複雑さを書きたかった

――小説の中で、お母さんが「男の人を直す仕事」をしている、と表現しているのが印象的でした。 尾崎:壊れたものを直すということですね。大人になっていくと、病気になることも、良くはないけれど仕方ないって諦めたりするじゃないですか。でも子供にとっては、直すか直さないかでしかない。その子供のシンプルさを通して、大人の複雑さを書きたかった。だから、「諦め」が大きなテーマですね。自分がこうなってしまった今の状態にも、諦めがあるんです。でも、それが続けるということにつながるんです。  あと、言葉にしていくということもある種の「諦め」だから。たとえば今、自分が「これはこういうことなんですよ」と言葉で説明していることすらも、自分の感覚と100%同じではないので。その時点でやっぱり諦めているし、人に伝えるということは、ある意味諦めて捨てていく作業でもある。だから、まだ言葉に支配されていない子供の感覚で、自分の痒いところに手が届くような表現ができないか、と思ったんです。
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子供であることが不満だった少年時代
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