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電車の中での携帯電話、父親が危篤でも「かけたら迷惑」と思う日本人/鴻上尚史

幼いころから聞かされる、呪いの言葉

 電話をしたことは本当に良かったことです。  その部分は心底、ホッとしました。  でも、僕は全体として、この記事を読んでとても哀しくなりました。  電話をためらった60代の男性はきっと真面目な人なんだと思います。 「他人に迷惑をかけない」ということを人生のモットーにしてきたのだと思います。  そして、その信念は、自分の父親との最後の会話よりも大きいのかと僕は愕然とするのです。  この60代の男性が特殊ではないと思います。なぜなら、「電話した方がいいですよ」と声をかける女性に日本人はみんな感動するからです。僕は思わずジーンとしました。あなたもじゃないですか?  それはつまり、この60代の男性の葛藤が理解できてしまうからです。  いったい、自分の父親の死に目を差し置いても優先しなければいけない「迷惑」とはなんなのだろうかと思うのです。  けれど、日本人は「人に迷惑をかけない人間になれ」という呪いの言葉を小さい頃から言われ続けるのです。 「日本世間学会」の研究者で、刑事法学が専門の佐藤直樹さんは「『本当は犯罪を犯さない人間になれ』と言わないといけないんだよね。でも、日本では殺人事件がヨーロッパの3分の1、アメリカの17分の1だから、そもそも、犯罪が少ないんだよ。だから『迷惑』なんて言ってしまうんだ」と仰います。慧眼だと思います。  コロナに感染したことも世間では、「迷惑をかけた」ことに分類されます。無条件で謝らないといけなくなります。地域によってはまさに犯罪者のように感染者の名前が突き止められます。みんなでお互いの首を絞め合っている状態だと僕は感じます。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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