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スナックにはびこる老害客。ゴーマン、ケチ、KYの大三元…

意味もなく小馬鹿にした口調

 ウイスキーのボトルに比べたら値段は安いけど、磯山に関してはこの際それはどうでもいい。と思ったのも束の間、ずずずずーっとお通しのモツ煮の汁を啜ったあと、粘っこい声で磯山は言った。 「あのさぁ」 「はい?」 「チェイサーに氷足してくんない?」  結局氷が欲しいんかい!!!  もはや笑うしかない。チェイサーなんてどうせほとんど飲まないくせに。目の前に氷がないと死ぬ病か。アイスランドにでも行ってくれ。  はぁい、とアルカイックスマイルを貼り付けたまま氷を入れると、磯山は満足そうな顔でグラスを眺めてから一口だけ飲んだ。 「ユキナは相変わらず、コンピューターやってんの?」  磯山がキーボードを叩くような仕草をした。わたしの昼間の仕事のことを訊ねているのだろう。意味もなく小馬鹿にしたような口調が鼻につく。 「相変わらずですよぉ。昼間は平凡なOLやってます」 「いいよなぁ。コンピューターの仕事は。座ってられるもんなぁ」 「そうですねぇ。体力的には楽させてもらってますねぇ」  夜は立ちっぱなしなんだが、と心の中で付け加えつつ事も無げに答える。  いつも思うのだが、この「コンピューターやってる」という言い回しが意味不明だ。パソコンを使っているという意味ならば、現代社会で「コンピューターをやってる」人間がほとんどなのだが。そんな揚げ足を取りたくなる気持ちを麦焼酎で流し込んで社交辞令的に問いかける。 「磯山さんは? 最近元気にしてました?」 「全然だよ」  という返答を皮切りに、磯山は待ってましたとばかりに直近の不幸話を並べ立て始めた。 「事務の仕事がやりてぇんだけどさぁ、コンピューターできねぇから断られるし、脚も痛いし、この間なんて胃炎になって病院行って、死ぬかと思ったよほんとに」  どれも死に至るほどの内容じゃないだろ。神妙な顔を装って頷きながらちらりとカウンターに視線を落とすと、冷酒は既になくなろうとしているがチェイサーは一向に飲まれる気配がない。グラスが汗をかいている。 「俺も酒が好きだからよぉ、飲み屋ぐらいだったら簡単にできると思うんだけど、脚が痛ぇからなぁ。冷酒もう一本ちょうだい。あと爪楊枝」  ニヤつきながらまたも小馬鹿にしたような物言いに、わたしはかなり苛立っていた。マスターがやっているようなことを、オメーなんかにできるかよ。調子乗んなよバーカ。と鼻くそでも投げつけてやりたい気分だ。それでも、 「磯山さんがお店の人だったら、“大将”って感じですね」  と話に乗ってしまう自分を呪うのだった。 「なんだよそれ」  磯山はまんざらでもなさそうに薄気味の悪い笑みをこぼし、ようやく二口目のチェイサーを飲んで言った。 「あのさぁ、これに」 「アッハイ。氷っすね」
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感じ悪いならせめて愛嬌と哀愁を
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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