ライフ

スナックで“自分探し”を始めた中年男。アイデンティティは崩壊寸前?

還暦前に狂い咲いた男

 ゴミちゃんに連れられて初めて来店した日、オヤカタは白いワイシャツに包まれたその細身の身体を強張らせて、ひどく緊張しているように見えた。ウーロン茶が苦手なのに周りに合わせてウーロンハイを飲んでいたことを知ったのも少し経ってからのことだ。オヤカタは、ゴミちゃんが踊ったり歌ったり女の子を口説いたり、フルスロットルで楽しんでいる様子を、目を白黒させながら眺めていた。 「おい、お前そんなに酔っぱらうんじゃない!」 「寝るんじゃない!馬鹿!」  疲れ果てて船をこぎ始めたゴミちゃんの肩を揺すりながら、オヤカタは何度もわたしたちに「すみません」と謝った。いつもこんな感じだから気にしなくていいよ、と言っても申し訳なさそうな顔を作るばかりで、真面目な人だと思った。  酔っている風でもなく、ゴミちゃん以外にはほどんど口も開かず、次々と流れるカラオケの歌にひたすら拍手だけを送るオヤカタは、つまらなそうというよりは、スナックでどう楽しんで良いのかわからず困惑しているようにも見えた。 「そんなに酔ってゴミお前は!」  数度来店しても、その様子は変わることはなく、わたしたちはとうとうゴミちゃんとセットでオヤカタをいじってみることにした。 「オヤカタ、ゴミちゃんの奥さんみたいだね」 「実は二人、付き合ってんでしょ~?」  そう問われた瞬間、オヤカタはきょとんとした顔をして一瞬黙ったあと、照れくさそうに言った。 「なぁ~んで知ってんのよぉ~~??」  オヤカタが振り切れた瞬間だった。

島津ゆたかを熱唱するオヤカタ

「うちの人ったらいっつもこうなのよぉ~~。いつもすみませんほんとにぃ~」  真面目な性格ゆえか、気にしいな性格ゆえか、はたまた本当に素質があったのか、オヤカタは自分にそういうキャラクターが求められていると解釈してしまったようだ。こうなったらわたしたちも乗るしかない。 「いや~、ゴミちゃんみたいな旦那さんがいると大変だねぇ」 「そうなのよぉ~ぅ」  あまりに突然のノリで、今度はゴミちゃんのほうが面食らっていた。 「オヤカタ、どうしたんすか??」  その後におずおずと披露されたオヤカタのカラオケは島津ゆたかの『ホテル』。ここでその曲かい! と突っ込み感満載の選曲だが、またその歌声が男声でありながら妙に女性的な色気に溢れていた。エロいともセクシーとも違う。言うならば、いやらしい歌い方だった。こうなったらそのまま突き進んでもらうしかない。周りのお客たちもオヤカタのゲイキャラを面白がって肯定し、次々と設定が作られていった。 「この中にももっといい男いるでしょオヤカタ~」 「そうねぇ。わたし田中っち好きよ~ん」  ゲイキャラモードに入ったオヤカタは岩のように押し黙って飲んでいる大常連の田中にも余裕で切り込んでいく。田中は少し迷惑そうに笑いながらも、「はいはい。俺はしょせん浮気相手ですね」と年上であるオヤカタを立てるように乗っていた。
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