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社会人の学ラン集団「青空応援団」。全国の頑張る人を応援して回る想い

応援は奇跡を起こす

 意外にも、冠婚葬祭や老人ホームから応援を依頼されることも多いらしい。 「じいちゃんもばあちゃんも、僕たちが行くと本当に喜んでくれますよ。僕たちの演舞中に最前列にいた車いすのばあちゃんが突然、立ち上がって大声を上げて手拍子をしはじめたこともありました。『元気のいいばあちゃんだなあ』と微笑ましく見ていたら、横で職員さんが泣いているんです。後でその職員さんに聞いたら、そのばあちゃん、施設に来てから自分の足で立ったのはその時が初めてだったんです」
2014年、パリ「ジャパンエキスポ」参加のため渡仏。凱旋門の前で応援を披露した

2014年、パリ「ジャパンエキスポ」参加のため渡仏。凱旋門の前で応援を披露した

「余命1か月のお母さんを応援してほしい」

 余命1か月と医師から宣告された、30代のお母さんを応援したこともあった。 「ある日、小学生の娘さんから、お母さんを応援してほしいという依頼が来ました。そのお母さんは入院していて、医者の見立てでは、1か月もつかどうか。お母さんは、その子の誕生日を一緒にお祝いしてあげたいと願っていたんです。でも娘さんの誕生日は4か月先。それまで生きていられるよう、応援してほしいという娘さんの思いを受けとめ、引き受けました」  とはいえ病院で太鼓を鳴らし、全力で声を張り上げる応援をすれば、他の患者に迷惑がかかる。病室はもちろん敷地内でも許可などもらえるはずはなかった。 「考えに考えた結果、病院から少し離れた駐車場から、お母さんの病室に向けて応援することにしました」  しかしベッドに寝たきりのお母さんには、窓辺に立って応援を見ることができない。そこでライブ中継でスマホの画面で見られるよう手はずを整えたという。 「駐車場に陣取って太鼓を打ち鳴らし、お母さんの病室に向かって力いっぱいのエールを送りました。その様子を、お母さんは泣きながらスマホの画面で見ていてくれていました。その甲斐あって、お母さんは娘さんの誕生日を迎えられたんです。その10日後に、息を引き取られました」 青空応援団 応援中 しかし、そこで彼らの応援が終わったわけではなかった。 「僕たちは娘さんが成人を迎えるまで、お母さんに代わって毎年、その子の誕生日にケーキと、お母さんに残しておいてもらった毎年のメッセージ動画を届ける約束をしていました。つい先日も8回目の誕生日ケーキとDVDを届けてきたところです」  応援はその人が死んだ後もできる、と平団長はいう。
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結成のきっかけは、東北被災地での復興支援
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