セミの鳴き声が秋の虫の音に替わりはじめ、夜も過ごしやすくなった。そんな秋のはじまりを満喫すべく、夜は行きつけの居酒屋にでも繰り出したいところだが、終わりの見えないコロナ禍にあっては、それも難しい。そして、ときおり聞こえてくるなじみの店の閉店のお知らせ――。飲食店にとっても酒飲みにとっても我慢の日々が続く今、『
孤独のグルメ』の原作者・久住昌之氏は何を思う?
コロナ禍で仕事場に冷蔵庫がやってきた
――コロナ以降の生活を振り返ってみて、どんなふうに過ごされてきましたか?
久住:去年はまだコロナウイルスがどんなものなのか全然わからないという不安もあったし、急に外出や外食を制限されたことにストレスを感じる人も多かったと思うけど、今は緊急事態宣言が日常になっているような感じですよね。「もうワクチンは打った?」「誰が(副反応で)熱を出したって」という話の中で生きている。
インフルエンザとは違って、基本的にはみんなが受けることになっているじゃないですか。とはいえ、これから毎年ワクチンを打たなきゃいけないのか、ワクチンが効かない変異種が出てくるのか、去年以上に先が見えなくなった部分もあるなと感じています。だから、状況に慣れるのは怖いですね。
――久住さんは『孤独のグルメ』の原作者であり、ドラマのコーナー『ふらっとQUSUMI』ではお酒を飲めない井之頭五郎にかわっていろいろなお酒を楽しんでいる様子が印象的です。そのため、外食やお酒好きのイメージがありますが、飲食店やお酒との付き合い方はどう変わりましたか?
久住:コロナの前は、深夜まで仕事をして、仕事が終わると仕事場の近くのお店で一杯飲んでから帰宅していたんです。でも、昨年からはお店が早く閉まるようになって、今年の春からはお酒の提供も制限されて。
仕事場には冷蔵庫を置いていなかったから、近くのコンビニでアイスラテ用の氷入りのカップを「中身はいらないので、これだけください」「同じ値段になりますけど」「はい。構いません」と買ってくるようにしたんです。それにウイスキーを入れて飲んで、氷がなくなったらそれでおしまい。それは新鮮で、ちょっとおもしろかった(笑)。
でも、お店でお酒を飲むことが難しい状況が続いているので、結局仕事場用に小さな冷蔵庫を買いました。中古家電の一番安いやつ(笑)。それが一番変わったことかなあ。
――ちなみに、家で飲むときはどんなお酒を飲むことが多いですか?
久住:ウイスキーも日本酒も焼酎も飲むけど、最初の一杯は缶ビールです。ビールの味や香りが好きだから、キンキンに冷えたビールより、コップに注いで適度に泡が盛り上がる温度で、やわらかい口当たりのビールを飲むのが好きですね。
久住:僕はもともと大勢で騒いで飲んだりするのは好きじゃないんです。仕事帰りも大概一人で飲みながら手帳を開いて次の日の予定を確認したりしていました。そうやって一人でお店に行ったときに、隣の客の会話にそれとなく耳を傾けたり、たまに会話したりするのが好きなんですよ。
『孤独のグルメ』1巻にも書いたんですけど、浅草の甘味処に行ったとき、おじさんがサンダルで豆かんを食べに来ていてね。そこのおばちゃんに「この間、そこの煎餅屋でボヤがあっただろ? 2階が燃えてるのに下でまーだ煎餅焼いてるんだよ。がめついよなー」なんていって、周りのみんなが笑ってね。「いいなー、浅草って感じだなー」って。常連さんたちのリラックスした会話って必ず土地柄、人柄が出ていてしみじみおもしろい。テレビやネットでは出会えない。
「常連客の会話に耳を傾けるのも楽しい」(久住)
――楽しいですよね。聞き耳立てちゃいます。
久住:今はみんな距離を保って離れて座っているから、そういうお客さん同士の距離感も変わってきていますよね。去年、最初の緊急事態宣言が解かれたとき、近所の居酒屋で時々居合わせたご夫婦に誘われて、久しぶりに早い時間に居酒屋で飲んだんです。生ビール飲むのが久しぶりで「う、ジョッキ、重いなぁ!こんなんで飲んでたっけ?」なんて、それだけですごくおかしくて。モツ煮込みとか、焼き鳥とか、家で作らないものが、懐かしいようにおいしくて。トイレに入ったときに聞こえてきた奥さんの笑い声に、なんだかじんと来ました。きっと自宅の笑いと違う声なんだろうなって。
そうやってすごく楽しく飲んで、帰ってきて、なんだかコロナ前ってすごく雑に酒飲んでたような気がしちゃって、以来、家でも、ビール一杯を前より大事に思って飲んでます。