2021年にアサヒビールより販売され大きな話題を呼んだ『アサヒ生ビール』(通称マルエフ)。2022年2月には芳ばしい香りとまろやかな旨味を併せ持つ『アサヒ生ビール黒生』も再登場した。その背景には、ビール通に愛されつづけて復刻した『マルエフ』同様、2015年に終売した『アサヒ生ビール黒生』の復活を願う多くの声があった。なぜ、『黒生』はそこまで愛されてきたのか? その秘密を探るべく、『孤独のグルメ』原作者の久住昌之さんと共に『黒生』を提供する『ニユートーキヨービヤホール 数寄屋橋本店』を訪ねた。
80余年もの間おいしいビールを提供し続ける『ニユートーキヨービヤホール 数寄屋橋本店』
まろやかなうまみの『黒生』は1杯目のビールとしてもバッチリ
『ニユートーキヨービヤホール数寄屋橋本店』が銀座数寄屋橋にオープンしたのは1937年のこと。2015年には再開発のためビルの取り壊しが決まり、現在の場所に移転。80余年もの長きにわたり、美味しい生ビールを提供し続けている。今回、お話を聞かせてくださったのは、有楽町電気ビル店の店長も務める野々村光太郎さん。チェコビールの名品・ピルスナーウルケルの公式の注ぎ手であるタップスターの認定資格を日本で2番目に獲得したという経歴も持つ、注ぎの名人だ。
久住:『ニユートーキヨー』は以前、数寄屋橋にあった頃には何度か行ったことがあります。
野々村:そうなんですか、ご贔屓いただいてありがとうございます。では、早速ビールをお注ぎしますね。
一杯目の『黒生』は2度注ぎで
真剣なまなざしで『黒生』を注ぐ野々村さん。素早く、まっすぐにサーバーのコックを操作すると、グラスの中に勢いよくビールが入り、トルネード状の対流が生まれた。こうすることで、炭酸ガスをしっかり抜いて、ビール本来の甘みが活きてくるのだ。そこに、二度注ぎで生きた炭酸を足し、液と泡の比率も見事な『黒生』が久住さんの前に供される。泡切りをしていないため、きめ細かな泡の表面がふっくらと盛り上がっている。
久住:いいねえ。うん、美味しい。
『黒生』を前に顔がほころぶ久住さん
野々村:『黒生』はコクや香り、まろやかなうまみが特長的だと思いますので、それを活かすために二度注ぎしています。実は私、久住さんがこの企画(『孤独のグルメ』食文化応援企画)の中で以前行かれた『ビアライゼ』の松尾さんに師事していまして。
――そうだったんですね。ビヤホールは横のつながりが強いものなんですか?
野々村:ありがたいことに、私は外の方との付き合いもあり、集まる機会があると皆でビールの話ばかりしています。『黒生』が復活するというニュースを聞いたときは、注ぎ手は皆ザワつきました。発売後の店での出方も尋常ではなく、在庫が切れそうになってしまったくらいです。お客様からも「マルエフに黒生が出たんでしょ?」「ここでも飲めるの?」と多くの問い合わせをいただきました。本当に飲みやすいんですよね。
久住:いいよねえ。気さくな感じがするというか、「黒です!」って主張が控えめだから1杯目からでもおいしく飲める黒ビールだなあと思います。もともと、最初の一口目に「どうだ!」ってガツンとくる飲み物や食べ物があんまり好きじゃないんですよ。この頃、食べた瞬間に「うまい!」って言わせたいラーメンとか、そういうのが多いじゃないですか。おいしさも、食べてるうちにじわじわくるぐらいで、ちょうどいいと思うんです。『黒生』も、飲んでるうちに、黒ビールらしいうまみがくっきりしてきますね。
楽しい時間の邪魔をせず、すいすい飲める『黒生』
ここで一品目の料理「自家製ザワークラウト」が登場。数種の香辛料とマイルドヴィネガーで仕上げた自家製キャベツの浅漬けだ。
自家製のザワークラウト
久住:僕はキャベツが大好きで、メニューにあるとつい頼んじゃうんです。コロナ禍で外に飲みに行けないときは、ザワークラウトも自分で作ったりもしました。「これだけ作ったらしばらくもつな」ってぐらい仕込んだんだけど、すぐ食べちゃうんだよね。それにしても、『黒生』と合うなあ。まずいですよ。すいすい飲めちゃうから。
野々村:「何かしながら飲める」とか「会話の邪魔をしないビール」を大事にしたいと思ってビールを注いでいるので、すいすい飲めると言っていただけるとうれしいです。
久住:前に『もつ焼き 稲垣』で飲んだ『黒生』とも味が違いますね。あそこで飲んだ『黒生』もおいしかったけど、ここで飲むと、よりビヤホールっぽい味っていうのかな。家だとそこまで飲めないのに、ビヤホールだと何杯でも飲めてしまうじゃないですか。注ぐ人によって味が変わるって時々聞くけど、すごいね。何か入れているわけでも、混ぜているわけでもないのに。
野々村:グラスの温度やガス圧、注ぎ方などでビールの味は変わりますので、「こういう方向性の味にしよう」と相談しながら注ぎ方を決めています。お客様同士「あそこの味が好きだ」「こっちの方が好み」のような会話が生まれるのもビールの楽しいところ。そして僕は、すべてが正解だと思うんです。
久住:まあ、酒飲みもどれでもおいしいんだけどね(笑)。
野々村:『黒生』は先味で少しカラメルの味がふわっとして、後味で苦みが少しくるのが魅力なんですよね。
久住:あの、最初にくる味を「先味」っていうんですね。
野々村:次にお出しする「ジャーマンポテト」は、非常にコクのあるお料理になっていますので、次の『黒生』は1杯目とは異なる、炭酸感が残る注ぎ方でお出ししようと思うのですが、いかがでしょう?
久住:そんなこと言われたら、飲まないわけにはいかないじゃないですか(笑)
野々村さんが注ぐ2杯目のビールは、勢いよくビールを注いでほどよく炭酸を抜きながら自然に泡を作り、グラスからはみ出たきめの粗い泡を泡切り専用のナイフでカットした一度注ぎ。ほぼ同時に、パンケーキのような見た目の「ジャーマンポテト」も登場。ひと口大のじゃがいもとベーコンという一般的なスタイルではなく、マッシュポテトをベーコンで巻き、上にホイップしたバターが乗っている。
パンケーキのようなオシャレな見た目と、バターの香りだけでもビールが進んでしまうジャーマンポテト
久住:ちょっとこれは見たことがないタイプのジャーマンポテトですね。あっ、香りが最高。(一口食べて)うん、うん。これまた、ビールを呼び寄せる味(笑)。食べると見た目より芋だね。そして、バターもいいし、ベーコンの塩っ気がまたいい。あぁ、止まらない。左手にグラス、右手にスプーン、顔が右向いたり左向いたり忙しい。
野々村:口の中がミュンヘンになりますよね。そして、久住さんは先ほどから泡の下に液体をくぐらせながら、とても上手にビールを飲んでいらっしゃいますね。
『黒生』に合う料理が次々出てきて、ついついビールが進んでしまう
久住:上手ですか? 今まで意識したことがなかったです。好きに飲んでいただけなのに褒められるとなんか恥ずかしいですね(笑)。
『黒生』を使った“大人のあんみつ”とは?
次に登場した「カミカツ」は、キムチのドレッシングを和えたキャベツの千切りの上に、豚肉を手でたたいて紙のように薄くしたカツを載せた「ニユートーキヨー」伝統のメニュー。長い辺は30センチほどあるだろうか。揚げている途中、薄い豚肉が反りかえらないようにする専用の器具も開発されているという。
特大サイズ!だけど、薄くたたいてあるのでペロッと食べられてしまう
久住:これはちょっとびっくりだ。うわうわ、どうしよう? いきなり、お祭りだ。
野々村:どうぞ、キャベツと一緒にお召し上がりください。できれば、最初はソースなしで食べていただくことをお勧めしています。
久住:こっれっは、よい! ビール好きを何人も連れてきて、「これ美味しいんだよ」って言いたい。絶対ウケる。キャベツがカツの余熱でしんなりしてくるのもまたよし。でも後半、どうしてもソースかけたくなって、ちょっとかけると、ちゃーんとウマイ(笑)。
野々村:ありがとうございます。このソースもうちのオリジナルで、ちょっと甘み強めの味に仕上がっています。では最後に「山形牛の黒ビール煮込み」をお出しします。こちらのお料理は『黒生』を使っているので、とても相性がいいと思います。
『黒生』の煮込みを食し、『黒生』を飲む
久住:見た目があんみつみたいですね。酒飲みのあんみつ(笑)
野々村:ビールはもともと油ものと相性がいいものですけど、『黒生』は特に旨みがあるので、煮物料理やこういった濃い味の料理との相性がいいんです。
久住:『黒生』を使った料理と一緒に『黒生』を飲むなんて共食いだね。「いかん、黒がダブってしまった。いや、この場合、むしろそれがよい」。って、五郎は下戸だけど。
野々村:ですよね。コクとコクで調和しますよね。
久住:打ち消し合ってカロリーゼロとはならないけど、ものすごく合う。あぁ………いい。
野々村:タメがいいですね。「本当においしいんだろうな」というのが伝わってきます。
久住さんの飲みっぷりには、プロの注ぎ手も太鼓判!
久住:実は『孤独のグルメ』の脚本もタメとか、間、沈黙を大事にしてるんです。松重(豊)さんはすごくそこをわかってくれていて、大げさな表情もつくらないし、お店で2分ぐらい「うん」しか言わない回もあるんです。それでも、おいしさは伝わる。
野々村:わかります。おひとりのお客様は基本静かです。けれど、ビールをお持ちしてからホールを見ると、小さな声をあげたり、何度も頷かれたりしていて、「あ、喜んでいらっしゃるんだな」というのが小さな仕草から伝わってきてこちらもうれしくなるんです。
久住:「おいしい」っていう気持ちって、そんなものですよね。大げさに主張する必要なんてない。『黒生』も、「どうだ、黒ビールだぞ!」って主張しすぎない味わいだからこそ、飲みやすくておいしく感じるんだろうな。
(取材・文/山脇麻生 撮影/加藤 岳)
<提供/アサヒビール>