更新日:2021年09月25日 10:02
エンタメ

<純烈物語>突然の発表ーー東のホーム・大江戸温泉物語閉館のものがたり<第115回>

プラチナ化した公演は「館内パブリックビューイング」を実施

 8月20日昼の部、ライブ会場である中村座に足を運んだ。4月の再開以来、ソーシャルディスタンスを取った座席数は半数に押さえられており、そこへ閉館の報が出たことでプラチナペーパー化に拍車がかかっていた。  それもあって、大江戸温泉は中村座を出た一般の利用客が行き来するところへモニターを設置し、館内パブリックビューイングを実施。チケットが買えずとも、これならリアルタイムでライブが見られる。

通りすがりの利用客も自由に見ることができた館内パブリックビューイング

 こうしたところにも、大江戸温泉のファンに対する姿勢が見受けられた。最初のMCコーナーで酒井一圭は「残すところあと何公演と数えると、僕らもだんだん寂しさを感じるようになってきました」と口にした。  だが、そこはあくまでも普段通りの純烈として楽しむ方向に振り切り、寂しさを感じさせぬ内容で見せた。外の気温は35℃。セミの鳴き声が室内まで届く中、それがMCにおけるBGMとなっていた。  そんなセミの鳴き声が聞こえなくなる夏の終わりとともに、ひとつの別れが訪れる――この日の目的は、ファンの皆さんに大江戸温泉での思い出を聞かせていただくことだった。

ファンそれぞれの”大江戸温泉物語”

 ライブ後のCD購入特典撮影会を終えた方々に声をかけると、世に伝わっていないそれぞれの大江戸温泉物語が人数分だけあった。2人組の純子さんは、初めて純烈が紅白へ出た時、一緒にステージを経験したというツワモノだった。 「ファンクラブで募集がかかって、応募したら当たったんです。ステージ上でウチワを持って応援して、紙テープを投げる役だったんですけど、それも純烈を好きになったことで体験できたことじゃないですか。ガオレンジャーの頃からリーダーのファンで、脚を折った時に『俺は絶対紅白に出るからな。その時は、NHKホールに来るやろ』と言われて、面白いことを言っているから応援しようとなったら、本当に連れていってくれたんです。  そういうことがあっての、2度目の紅白後の凱旋ライブだったから、あれが大江戸温泉での一番の思い出ですね。1度目はステージ上から、2度目はNHKホールの客席から見てここに移動して、みんなで祝うことができた。それも大江戸温泉があったからできたことだと思うんです。それまで健康センターでやっていて、ファンが増える中で誰もが参加できる。私たちにとってもプラットホームでした」  紅白初出場を果たした2018年の11月に、純烈は日本レコード大賞日本作曲家協会奨励を受賞した。歌に関しゼロからスタートしたグループが、実力を評価されて選ばれた初めての賞だった。  ヘタだヘタだと言いながらも、作曲家協会に認められたのだからそれは嬉しい。12月30日のレコード大賞で記念の盾を授賞されると、酒井は大江戸温泉にそれを持ってきた。 「これがみんなの応援によって受賞した盾です。この喜びを分かち合いたいので、今からこれを客席に回します!」  デビュー8年で歌謡グループとして認められた証しを、酒井はファンにも開放した。もしかすると回しているうちに壊してしまう可能性もゼロではない。 「俺らの間でも回したけど、その次はってなったら応援してくれたからもらえたわけで。みんなもどんどんさわって!ですよ。あの盾、重かったからその重みを感じることで喜びを分かち合えるなと、自然とそうなりましたよね。あれを思い出にしてくれているお客さんがいたの? それは嬉しいですね。そういうのって、健康センターだからできることだし」(酒井)  確かに、これが通常のコンサートホールでステージと客席に距離があったらできなかった。靴を脱ぎ、畳に座ってリラックスしているシチュエーションだから盾に殺到することもないし、観客も大江戸温泉に集まる気心の知れた者同士だから成立する空間だった。  純烈とファンと大江戸温泉の3つが揃ってこその“しあわせお裾分け”の場。紅白の常連となるまでは「あのグループが賞をもらうことなんてない」というように見られていた。 「だからこそ、初めて認めてもらえたというのがファンにとっても嬉しかったんです。自分たちが応援してきた純烈の魅力が、やっと世間に届いたという喜びを大江戸温泉に来ていたファンも味わえた。じっさい、あの受賞をきっかけにCDもどんどん売れるようになっていった。ここで味わったことは、どれもそういう温かさが感じられることばかりで、ステージも温かったですよね」  そうした情景に、ギリギリ間に合った純子さんもいる。京都から来られたというマダムは、6月公演で初めて大江戸温泉ライブを体感した。  それまでは同じ大江戸温泉物語ホテルズ&リゾーツ株式会社グループの箕面温泉スパーガーデンに4年近く通っていたが、ようやく東の方にも足を伸ばせた。ところが、その直後に閉館の報を聞きこの日、2度目の遠征となった。 「箕面もそうなんですけど、ステージと近いことでの一体感がコンサートホールとは違って、楽しく温かいこの雰囲気が好きでした。なのでニュースを知った時は残念な気持ちでいっぱいでした。でも私よりも純烈の皆さんの方が何倍も寂しいはずです。そんな中でもこうして撮影会をやって、私はハッピーをいただけて。  大江戸温泉さんは、そんなハッピーな空間のためにずっと力を貸してくださいました。ファンの一人として、お礼を言わせていただきたいです。ありがとうございます。今はコロナの影響でライブはおこなわれていませんが、箕面が再開したら必ずうかがいます」  京都から箕面はまだ近いが、東京となると遠征ですよねと振ると「いえ、東京は近いですよ」と笑顔が返ってきた。純烈とそのファンはじっさいの距離よりも“距離感”でつながっている。その象徴が、ここ東京お台場 大江戸温泉物語だったのだ。 撮影/鈴木健.txt
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxtfacebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売

純烈物語 20-21

「濃厚接触アイドル解散の危機!?」エンタメ界を揺るがしている「コロナ禍」。20年末、3年連続3度目の紅白歌合戦出場を果たした、スーパー銭湯アイドル「純烈」はいかにコロナと戦い、それを乗り越えてきたのか。

白と黒とハッピー~純烈物語

なぜ純烈は復活できたのか?波乱万丈、結成から2度目の紅白まで。今こそ明かされる「純烈物語」。
1
2
おすすめ記事
ハッシュタグ