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覚せい剤中毒&密売人になった柔道コーチの転落劇<薬物裁判556日傍聴記>

薬物事案の裁判を556日間傍聴した斉藤総一さんの法廷記。今回紹介する事件は、覚せい剤、大麻、MDMAの使用と所持だ。被告は過去に3度逮捕されており、いずれも薬物絡み。単刀直入に “シャブ中”と言っていい。本法廷で明らかになるのだが、同居の妻も一足先に覚せい剤の使用の罪で服役中だという。さっそく見てみよう。 ***

斉藤聡一さん

※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。

覚せい剤の使用と所持

まずは検察による起訴状の朗読から見ていきましょう。 検察官「公訴事実。被告人は、第1法廷の除外事由がないのに、平成29年4月24日頃、埼玉県越谷市大間野町6丁目1131番地、ホテルPICOの317号室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する水溶液を自己の体に注射し、もって覚せい剤を使用した。同月24日、前記ホテルPICOの317号室において、営利目的でみだりに覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する白色結晶など8.773g、および大麻である乾燥植物片31.113g。さらに覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する白色結晶など2.451gをそれぞれ所持したものである。罪名および罰条、は覚せい剤取締法違反、同法41条の3第1項1号19条。第2に覚せい剤取締法違反、同法41条の2第2項1項。大麻取締法違反、同法第24条の2第1項。覚せい剤取締法違反、同法41条の2第2項1項。以上です」  大麻取締法違反、覚せい剤取締法違反の事件はこれまで本連載でも何度か紹介してきましたが、今回の被告はなかなか強烈です。 注射で覚せい剤を打ち込み(使用)、さらに覚せい剤8g超、大麻30g超と所持量も少なくありません。当然「営利目的」が疑われます。 裁判官「審理に先立って注意をしておきますと、黙秘権が保障されていますから、この法廷で終始黙っていることもできますし、質問に対して供述を拒むこともできます。もちろん質問に答えることもできますけども、その場合には、あなたにとって有利にも不利にもね、証拠となることがあります」 被告人「はい」 裁判官「そのうえで聞きますけども、いま検察官が読み上げた事実は、いずれもこの通り間違いありませんか?」 被告人「概ね間違いありません」 裁判官「どこが違っていますか?」 被告人「えっ、大麻は、あのーそのー……。営利目的という部分に関しては、そのー自分で使用分と仲間の使用分ということに対して……。あのー、売っているというよりも、自分の存在自体、いつでも薬物を持っていると、検事さんに言われたんですけど。あのー、それでお金を得るためだけに持っていたというわけではなかったっていうのが、ちょっと、はい……」 文章にすると被告の挙動不審な言動がなおさら引き立ちます。「あのー」「そのー」と歯切れの悪い説明に法廷には暗雲が立ち込めていました。それでも裁判は冒頭陳述と証拠請求に進みます。 検察官「それでは検察官が証拠によって証明しようとする事実を述べます。まず被告人の身上経歴です。被告人は大学を卒業後、柔道のコーチなどで稼働していましたが現在は無職です。被告人は結婚しており、住居地にて妻と同居しておりました。被告人には覚せい剤取締法違反の実刑前科3犯、前歴3回がございます。 今から述べますものと本件とは累犯関係にあります。1つめが東京地方裁判所で平成20年1月11日に判決宣告がありました、覚せい剤取締法違反事件。懲役1年6ヶ月、3年間執行猶予の判決を受けて、平成22年2月15日に執行猶予の取り消しが確定し、平成24年11月25日に刑の執行が終了しております。 もう1つが、東京地方裁判所、平成26年11月6日に判決宣告がありました、覚せい剤取締法違反事件、懲役1年10ヶ月の判決を受けて、平成28年9月22日に刑の執行が終了しております。 次に犯行に至る経緯および犯行状況です。被告人は平成28年5月に前刑につき仮釈放となりましたが、その後も覚せい剤を使用したり、覚せい剤や大麻などの密売に関与するなどしておりました。犯行状況につきましては公訴事実記載のとおりです。被告人は逮捕現場であるホテルの室内で、覚せい剤を自己使用し、その後逮捕時の捜索差押において、被告人の所持品から、本件の大麻および覚せい剤が発見されたものであります。 発見された覚せい剤のうち注射器内に在中しておりました覚せい剤については、被告人が自ら使用する目的で、その他の覚せい剤および大麻については、密売目的で所持していたものと認定しております。その他情状等についても立証いたします。以上の事実を立証するために証拠等関係カード記載の各証拠の取り調べを請求いたします。以上です」

訴因変更の理由

イラスト/西舘亜矢子

 この裁判は8月15日に開廷されたものですが、本題に入る前に訴因変更(起訴状の訴因を変更すること)され、審議が何も進まないまま、次の法廷の2カ月以上持ち越されます。 訴因変更の理由は、捜査で差押されたレッドブルの缶にMDMAを隠していたことが発覚したからです。「宅下げをして接見に来た知人に持ち帰らせようとしたが、留置管理課の警察官が缶の中身を確認したところ、本件MDMAが発見された」(検察)ため、営利目的によるMDMAの所持が加わりました。 そして、約2ヶ月後の10月4日、訴因変更と追起訴が終了し、次に弁護側立証。被告の父親が証人として証言台に立ちます。 弁護人「(前略)被告人は記録によれば、最終服役前科としては平成28年5月28日に、仮釈放で出るわけですね?」 証人「はい」 弁護人「出てその足で、その時は今の証人の奥さんのほうの実家のほうでやっているアパートのほうの一室に住むようになったと。そういうことでいいですね?」 証人「はい」 弁護人「そして、そこに大林弘恵という奥さんと一緒人住んでいたと」 証人「はい」 弁護人「そして彼自身は、これはまだ保護観察中だったわけですが、どういう生活をしていたんですか?」 証人「保護観察処分なので、保護司さんとお会いしたり、その間に就職活動ができないかと職を探している状態でした。ですから、ほとんどが家にいる状態で。食事は女房の具合いが悪かったので、私が作って、2人分用意して渡しに行っていました」 弁護人「その時に、その大林弘恵という人は、これまた覚せい剤の自己使用で、服役して、それが終わって、今のアパートのところで彼のことを待っておったと。そういう状態だったの?」 証人「世田谷区にある保護施設にいまして、仮出所の後は、そこで3ヶ月間、何か資格を取らなきゃいけないって言ったら、国のお金でエステの資格が取れるということで、エステに通って。それから満期になってから、今住んでいる自宅のほうに戻ってきました」 弁護人「その大林弘恵さんは、その後にまた犯した覚せい剤使用の件で、現在、福島刑務所のほうに服役中ということですね?」 証人「はい」 ここで覚せい剤中毒は夫婦揃ってのことであると発覚します。すでに救いのない状況ですが、私にとって印象的だったのは証人として立った被告の父親の態度でした。 弁護人「被告人としては、今後、刑を終えて戻ってきた時には、弘恵さん共々、薬物と縁を切った生活をするんだと、そのようなことを言っているんですけどね」 証人「はい」 弁護人「そのような被告人の言葉を聞いて、お父さんとしては信用できる?」 証人「まあ、監視して、またやっているなと確信したら通報します。何度でも通報します」    高齢の父親の「今後も監視し、覚せい剤を使用していれば何度でも通報する」という言葉を、被告はどんな気持ちで聞いているのでしょうか。  検察の求刑は「被告人を懲役6年および罰金50万円(と所持した薬物の没収)」。弁護人はこれについて「本件について検察官の求刑は極めて苛烈なものではありますけども、そうした求刑にとらわれることなく、できるだけ寛大な判決にしていただきたい」と弁論しました。 判決は以下です。 「主文、懲役4年、罰金50万円に処する。未決勾留日数中122日をその刑を終えたものとして算入する」 *** 検察の冒頭陳述通り、被告は元柔道のコーチだという。斉藤さんによれば、背筋を伸ばした立ち姿で体つきもいかつかったそうだ。とはいえ、裁判から垣間見える被告の日常や、薬物に手を染めてからの半生はすべてがボロボロという印象である。人生何事も経験というが、経験しないほうがいいこともあるとつくづく思わされる。 <取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す

斉藤さんのnoteでは裁判傍聴記の全文を公開中
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